いまだに誰も日本語の訳語を考えないアンラーニング(unlearning)についての一風変わったレビュー論文。というのは、論文の後半3分の2は、どう読んでもアンラーニングに関係ないからである。ただ、前半3分の1はまともである。
著者たちは組織アンラーニングを「新しいルーチンに道を空けるために、古いルーチンを捨てること」(p.1437)と定義している。この「捨てる」はdiscardを訳したものだが、discardとはトランプで不用の手札を捨てることを意味している。たとえば、トランプのポーカーを想像するといい。ポーカーは、各自が 5 枚の手札をもち、できるだけ高位の手(hand)を作ってチップで賭けをし、相手をドロップさせるか、showdown して手の優劣を競うカードゲームなのだが、このポーカーをしているときのように、「手持ちの手札(ルーチン)からいらないものを捨てて、新しい手札(ルーチン)を引くことで、手持ちの手札(ルーチン)の組み合わせをできるだけ高位にしていく」。これがアンラーニングだと主張しているわけだ。実は、著者たちが組織ルーチン(organizational routines)に対象に絞ったことで、議論がシンプルになっているところがユニークなのである。
実際、3ページにわたる Table 1 (pp.1438-1440)では、先行研究の組織アンラーニングの定義を集めて、(1)何かを捨てるか、(2)捨てるにあたって価値判断はあるか、(3)他の何かと置き換えているか、という3次元で該当するかどうかを整理しているが、はっきりいってバラバラで、先行研究にコンセンサスはないのだから。(ちなみに、Zahraは、Zahra and George (2002)でも、組織の吸収能力をテーマに、似たような整理の仕方をしている。別に悪いことではないが、今回はアンラーニングをテーマに二匹目のどじょうを狙ったのかもしれない。) あきれたことに、アンラーニングの提唱者ともいえるHedberg (1981)の定義自体が、2ヵ所とも(3)は言っていないわけだから(Table 1, p.1438; 下の表1の黄色い網掛け部分)、もはやここで議論しているアンラーニングはHedbergのものとも異なる別の概念だと言ってもいいのかもしれない。
表1. 組織アンラーニングの定義
論者(アルファベット順) | (1)捨てる | (2)価値判断 | (3)置き換え |
---|---|---|---|
Akgun et al. (2006) | × | × | × |
Akgun et al. (2002) | ○ | × | × |
Alas (2007) | ○ | × | × |
Argote (1999) | ○ | × | 〇 |
Argyris & Schon (1996) | ○ | × | 〇 |
Baker & Sinkula (1999) | × | × | × |
Brunsson (1998) | 〇 | × | × |
Cegarra-Navarro & Dewhurst (2006) | 〇 | 〇 | × |
Dodgson (1993) | 〇 | 〇 | × |
Gustavsson (1999) | 〇 | × | × |
Hamel (1991) | ○ | × | 〇 |
Harvey & Buckley (2002) | 〇 | 〇 | × |
Hedberg (1981, p.3) | 〇 | 〇 | × |
Hedberg (1981, p.18) | 〇 | × | × |
Martin de Holan & Phillips (2004) | 〇 | 〇 | × |
Klein (1989) | ○ | × | 〇 |
Lyles (2001) | × | 〇 | × |
Martin de Holan & Phillips (2003) | 〇 | 〇 | 〇 |
Martin de Holan & Phillips (2004) | 〇 | 〇 | × |
Martin de Holan et al. (2004) | 〇 | × | × |
Meisel & Fearon (1996) | × | × | × |
Mezias et al. (2001) | × | × | × |
Navarro & Moya (2005) | 〇 | 〇 | 〇 |
Nonaka & Johansson (1985) | 〇 | 〇 | × |
Nystrom & Starbuck (1984) | 〇 | 〇 | × |
Prahalad & Bettis (1986) | ○ | × | 〇 |
Pratt & Barnett (1997) | 〇 | 〇 | 〇 |
Sheaffer & Mano-Negrin (2003) | 〇 | 〇 | 〇 |
Sherwood (2000) | × | × | × |
Sinkula (2002) | ○ | × | 〇 |
Sitkin et al. (1999) | 〇 | 〇 | × |
Starbuck (1996) | × | × | × |
Weber & Berthoin Antal (2001) | 〇 | 〇 | × |
Wong (2005) | × | × | × |
Feldman and Pentland (2001)も引用もされているが、同じ組織ルーチンを扱っている (a)ルーチン・ダイナミクスでは、組織ルーチン自体が変化していくと考えるわけだが、ここで定義された (b)組織アンラーニングでは、組織ルーチン自体は変わらず、組織ルーチンを捨てたり引いたりすることで適応していくと考えているわけだ。これは、(a')組織自体が環境に適応して変わっていくと考えるコンティンジェンシー理論と、(b')組織自体は変わらず、淘汰されることで個体群が環境に適応していくと考える個体群生態学の関係とよく似ている。組織ルーチンに関する現象を(a)のルーチン・ダイナミクスで説明する方が自然なのか、それとも(b)組織アンラーニングで説明する方が自然なのか、実際に比較してみると面白い研究になるだろう。
《参考文献》Feldman, M. S., & Pentland, B. T. (2003). Reconceptualizing organizational routines as a source of flexibility and change. Administrative Science Quarterly, 48(1), 94-118. ★☆☆
Hedberg, B. (1981). How organizations learn and unlearn. In P. C. Nystrom, & W. H. Starbuck (Eds.), Handbook of organizational design, Vol. 1 (pp.3-27). Oxford, UK: Oxford University Press.
Zahra, S. A., & George, G. (2002). Absorptive capacity: A review, reconceptualization, and extension. Academy of Management Review, 27(2), 185-203. ★★☆