高橋伸夫ゼミナール 《2021年度冬学期テキスト: 課題・要約・参考文献》  Handbook  BizSciNet

Sarasvathy, Saras D. (2008). Effectuation: Elements of entrepreneurial expertise. Cheltenham, UK; Northampton, MA: Edward Elgar.

サラス・サラスバシー『エフェクチュエーション: 市場創造の実効理論』(加護野忠男監訳 高瀬進・吉田満梨訳) 碩学舎, 中央経済社(発売), 2015.


訳語についての注意


PART I 経験的探訪 起業家的熟達


第1章 研究対象は何なのか、そしてなぜそれが研究対象となるのか (pp.2-23)

【解題】これまでの経営学は、確立した企業、組織の運営を研究対象としてきたことが多く、組織内でほぼ確立した目的・手段連鎖に則って、目的に照らして最善の手段を選択をするという意思決定が当たり前だった。これを本書ではコーゼーション(causation)と呼んでいる。それに対して、本書が扱おうとしているのは起業時であり、まだ企業と市場の境界も混とんとして定まらず、顧客なのか経営者なのかも判然としない人々が参加して、様々な目的や手段を組織に持ち込み、それらが制約条件となって、次第に目的が紡ぎ出されていく。これを本書ではエフェクチュエーション(effectuation)と呼び、実際、どんなことが起きているのかを説明しようとしている。(高橋伸夫)

 本書は、アントレプレナーシップを「熟達(expertise)」の一つの形式として理解しようとする、私の知的遍歴を再構成したものである。偶然にも、個人の出資を受けた初めての民間の商業用宇宙飛行としての成功を果たした「スペースシップ・ワン」の実現には、これから書こうとしている要素の多くが具体化されていると考えている。スペースシップ・ワンの打ち上げ成功の3ヶ月後、世界初の民間投資による商業宇宙飛行用の宇宙船開発が発表された。このスペースシップ・ワンの打ち上げから民間投資による宇宙船開発の発表までのストーリー全体は、起業家精神の典型的すぎるくらいの例である。素晴らしい設計者であるBurt Rutan、Mike Melvillなどの優秀なパイロット、億万長者のスポンサーであるPaul Allen、そして、暴れん坊のRichard Branson。

 このストーリーから今日のアントレプレナーシップ研究における中心的問題に対して、それらと異なるものの一貫性を持つ、新たな中心的問題を提起し、それに対して取り組む。例えば以下のような疑問が生まれる。

 以上の問いは、「起業家の実際の行為や相互行為は、行動科学やミクロ組織論の先行研究で、よりマクロなレベルにおいても、得られている仮説をどの程度まで支持するものなのか?」という問いを投げかけるものである。スペースシップ・ワンは設計上パイロットに機体の制御を任せている。この設計上の意思決定は、エフェクチュエーションの論理において重要な要素である、「非予測的コントロール」にふさわしいメタファーだと考えられる。

1.1 鍵となる研究テーマ

 現状のアントレプレナーシップの論理的視角を検討してみよう。

1.1.1 起業家とパーソナリティ

 スペースシップ・ワンのストーリーを読んだ、ほとんどの心理学者にとって重要な関心は、設計者であるBurt Rutanのパーソナリティーか、彼の意思決定におけるヒューリスティクス及びバイアスの辺りにあるだろう。エフェクチュエーションは、こうした従来の見方に対して異議を唱えるものである。一般的に、心理的要因は、アントレプレナーシップや起業家の成果の必要条件でも、十分条件でもない。その点、エフェクチュエーションはリスク認識、過剰な自信、機会コストの判断などの心理的変数についての既存の研究成果に対して、いくつかの新しい解釈方法を提示している。

1.1.2 環境と進化のプロセス

 進化論者にとって、重要なのは、「起業家が変異を創り出し、これらの変異が生き残るか否かの淘汰プロセスにかけられる」という点である。進化論者には、社会学の伝統にルーツを持つポピュレーション・エコロジー学者と、競争力学に深く関わる経済学者という二種類のタイプの研究者がいる。

ポピュレーション・エコロジー

 Aldrichは起業家的組織を再生産者とイノベーターを両極とする連続体の中に位置づけられるものとして概念化した。組織進化論の視座に関連した多様なトピックについて考察した後、スペースシップ・ワンのような現象を分析する上で、いくつかのいまだに研究されていない領域や、特定の問いや仮説を提起する論理的難問が存在することを指摘した。これらのいくつかは後に展開する「アドバイス」のポジティブな役割についての議論のように、直接的に本書で展開される理論的基盤に言及するものである。また、Aldrichは集合的行為に関する難問も提起した。

競争力学

 経済学には、アントレプレナーシップを、競争力学のより大きなドラマにおけるバランス作用として捉えるという長い伝統がある。しかしながら、これらの視点は、個人の意思決定やその意思決定がなされる条件として、「未来は大なり小なり予測可能であり、意思決定者は自分が求めるものもわかっており、環境は個人の行為から独立した外部のものである」という前提に基づいている。この点、エフェクチュエーションはこれらの前提が適合しない場合に機能する概念である。エフェクチュエーションは、起業家がどのように、何に基づいて行為をするのか、そして、主流の経済理論における人間の行為の前提に対して、そうした理論がどの程度まで一致するのか、それとも全く相容れないのかを詳細に説明する。同様に、エフェクチュエーションは、起業家(個人)と市場(機会)を興味深い方法で統合するための、アントレプレナーシップの理論的基盤を提供しつつある。

1.1.3 起業家と環境を統合する

 Mark Cassonは極めて不確実な状況における「起業家的判断」の必要性を説いた。Cassonによると「起業家的判断」は「市場形成型」企業を立ち上げるために起業家が活用するユニークな情報に基づいているという。したがって、彼の想定する起業家は、優れた判断を行い、競争がさほど厳しくない状況を特定するために有用な情報を入手し、処理することを得意とする。スペースシップ・ワンのストーリーにCassonの理論を当てはめ、起業家的機能をして位置付けているスキルの中身を検証していくと、エフェクチュエーションの理論では反対の側面が浮かんでくる。例えばCassonは関与者間の交渉を妨害要素として理解しているが、エフェクチュエーションの経験的研究は、機会主義の脅威やモラルハザードに関する契約理論の主張は、熟達した起業家がどのように適切な判断をし、新しい市場を創るのかという点に関しては適合的ではないことを明らかにしている。

 エフェクチュエーションに基づく起業家は、起業家の人生や価値に基づいた平凡な現実からスタートし、最終的には機会を紡ぎ出す存在として捉えられる。これをスペースシップ・ワンのケースに当てはめると、「宇宙旅行産業の機会は、利益が期待されるかどうかに関わらず、Rutanと彼の関与者による行為の結果として引き起こされた」と考えられる。多様な関与者の、間主観的相互作用が彼らの行為に結びついたということである。私は、アントレプレナーシップ研究を機能させるための、いまだに明らかにされていない理論的基盤の蓄積は、起業家の「熟達」に関する要素を包含するものであると考えている。そして本書における私の目的は、起業家の熟達に関する要素を特定し、それらを厳密な詳細にわたって、現象の創造と関連づけることである。

(高柳克将)

1.2 熟達領域としてのアントレプレナーシップ

 伝統的な起業家の成果の研究法としては、次の二つがある。

  1. その起業家の会社の成功/失敗を説明する、起業家自身の一連のパーソナリティ資質を通じて研究する。
  2. 成功/失敗の萌芽となる、そのプロジェクトの環境を含む、一連の状況や属性を通じて研究する。
 本書ではこのテーマに関してこれらとは異なる独自のアプローチを試みる。起業家的熟達に焦点を合わせるアプローチである。「熟達」は、特定の領域における高い成果に結びついた経験の、暗黙的かつ学習・伝達可能な側面に存在している。パーソナリティ資質や状況要因による成果の変化を説明するのではなく、熟達研究の概念レンズによって、一つの領域における様々な熟達者の共通性を理解することに焦点を合わせる。

1.2.1 鍵となる経験的研究課題

 熟達した起業家の意思決定プロセス並びに未来を予測することに関する考え方のうち何が起業に影響を与えるのかを調べるためにシンク・アラウンド法による発話プロトコルを用いた。具体的には以下の通りである。調査協力者は、熟達領域における定型的な課題が与えられ、その課題を解く間、絶え間なくそれについて声を出しながら解答するよう求められた。この方法を選んだ理由は都合の良いストーリーの構築や研究者の推測の必要性を廃するため。また脳の短期記憶のシステムの構造上の理由から、認知プロセスのブラックボックスを直接観察することを可能にするためである。

1.2.2 起業家的熟達の研究

 特定領域における熟達研究はすでにいくつも行われており、それは興味深いものである。興味深い理由としては、熟達の要素は、その領域特有のいくつかのヒューリスティック(経験則的)な原則から構成され、それがエキスパート・システムや、検証・伝達可能な意思決定と問題解決のテクニックに具現化される点にある。アントレプレナーシップを熟達の観点から見ることはアントレプレナーシップに関するテクニックの開発を進め、さらにこの分野に新しい視点を持ち込むことで、特に起業家の成果に対する現在の分析視覚に対して影響を与えるだろう。

1.2.3 企業ではなく、起業家の成果

 近年のアントレプレナーシップ研究は、起業家が創業した企業の成果にどのように影響を与えているか研究するものである。しかし、本書が提起している起業家的熟達の視点は起業家自身の成果に着目する。よって、企業の成功/失敗と起業家の成功/失敗は必ずしも一致しない。チェスの熟達者の勝利が確約されていないように熟達した起業家であろうと成功は確約されていないのである。この考え方では起業家に欠かせない「失敗のマネジメント」、つまり失敗をどう活かすかといった項目も評価が可能だろう。詳細な起業家的熟達と企業並びに起業家の成果との間の微妙な関係については第6章で述べる。

1.3 発見の概要: 起業家的熟達の構成要素

1.3.1 起業家的熟達についてのプロセス要素

 熟達した起業家の行動は、

1.3.2 起業家的熟達の原則

 上記のプロセスは以下の原則に従いつつ行われる。また以下の原則は現在受け入れられている考え方の反例である。

  1. 「手中の鳥」の原則・・・目的主導ではなく、手段主導で行為は行われる。特に強調すべき点は所与の目的を達成するために、新しい方法を発見することではなく、既存の手段で、何か新しいものをつくることである。
  2. 「許容可能な損失」の原則・・・期待損益を計算して投資するのではなく、どこまで損失を許容する気があるか、あらかじめ考える。
  3. 「クレイジーキルト」の原則・・・コスト計算や種々の分析なしにコミットする意思を持つ全ての関与者と交渉していくことにかかわる。さらに、経営に参画するメンバーが、企業の目的を決めるのであり、その逆ではない。
  4. 「レモネード」の原則・・・不確実な状況を避け、克服し、適応するのではなく、むしろ予期せぬ事態を梃子として活用することで、不確実な状況を認め、適切に対応していくことを示している。
  5. 「飛行機の中のパイロット」の原則・・・この原則は、技術や経済学敵トレンドのような外的要因を活用することに起業家の努力を限定するのではなく、エージェンシーとしての人間に働きかけることを、事業機会創造の主たる原動力とすることを示している。

1.3.3 エフェクチュエーション: 起業家的熟達の理論

 コーゼーションの論理の前提は「未来を予測できる範囲において、我々は未来をコントロールすることができる」というもので、それに対して、エフェクチュエーションの論理の前提は「未来をコントロールできる範囲において、我々はそれを予測する必要がない」というものである。エフェクチュエーションの論理を用いることは、以下のような世界観や立場を支持することを意味している。 エフェクチュアルな行為者は、

 エフェクチュエーションが大事である理由は、エフェクチュエーションは起業家が取り組む課題について、包括的で代替的な分析枠組みを提供するからである。分析枠組みは起業家の思考回路を規定・解明する。要約するとコーゼーションとは対照的にエフェクチュエーションの枠組みは問題空間を変容させ、既存の現実から新しい機会を再構築しようとする。

(山田洋平)


第2章 何を、どのようにして発見したのか (pp.24-55)

【解題】著者は、熟達した起業家27名を被験者として、「声に出して考える」(think-aloud)法で付録1にある実験用課題に回答してもらい、その録音データの分析を行った。ただ、本書の中で、実際にデータとして使われているのは10ある設問のうち、設問1の問4・問5と設問2だけである。分析の結果、被験者は伝統的なマーケティング・リサーチ手法を信用しておらず、自己発見的(heuristics)手法を好んでいた。意思決定は、マーケティングの教科書に出てくるSTPのようなコーゼーションとは真逆に進行する。つまり(1)目的からではなく手段からスタートし、(2)許容可能な損失の範囲内で(3)顧客がパートナーとなり、(4)パートナーシップで(5)市場を紡ぎ出していくので、(6)同じ製品なのに、予想もしなかった多様な市場・目的に行きついていた。まさにエフェクチュエーションだった。なお、 不確実性の分類は、サラスバシーのものは一般的でなく、ナイトの不確実性も普通は「あいまい性」と呼ばれる。また「ボルダ得点方式」とは、18世紀にボルダ(Jean-Charles de Borda, 1733-1799)が提唱したもので、候補者 m 人に対して、各投票者が最上位に m−1、次位に m−2、……、最下位に 0 の点数を付けた上で、評点合計を出し、最大得点者を勝者とする方式。(高橋伸夫)

2.1 リサーチデザインと研究方法

 本章では、リサーチデザインの理論的根拠、シンク・アラウド法による発話プロトコルの詳細、被験者の選択プロセス、そして実験用課題について明らかにする。

2.1.1 リサーチデザインの理論的根拠: カルナップとポパー

 経験的研究における科学的なリサーチデザインには、少なくとも2つの視点がある。ルドルフ・カルナップは、立派な科学とくだらないナンセンスとを区別する際は言語の観点から行うのが重要であり、有意味な命題は原理的には「検証可能」でなければならないと考えた。一方、カール・ポパーは、意味の研究は科学の理解に適切な関わり方を持たないと考え、命題は「反証可能」であれば科学的であるとした。つまり、カルナップの検証はボトムアップ法によっていて、ポパーの反証はトップダウン法によっている。ほとんどのマネジメント分野の理論家はポパーの視点を採用したが、ハーバート・サイモンらが発展させたカーネギー学派やその門下である私は、カルナップの視点を採用した。

2.1.2 研究方法: シンク・アラウド法による発話プロトコル

 これまで多くのシンク・アラウド法による発話プロトコルを用いた研究が行われてきており、様々な問題解決・意思決定において人間が用いる認知プロセスや、ヒューリスティックな方略のモデル発展に貢献してきた。発話プロトコルの概念的・方法論的論点についての詳細な検討は、ビジネス分野以外でも幅広く研究されてきた。  シンク・アラウド法による発話プロトコルが、起業家の意思決定プロセスを研究する上で有益だ、という証拠も既に得られている。この手法の背景にあるアイデアは、問題解決や意思決定の実験研究の被験者が、問題を解き、意思決定をするとき頭に思い浮かんだ言葉を継続的に発してもらうことである。このシンク・アラウド法による発話プロトコルは、録音した上で書き起こされ、様々な定性的・定量的手法で分析される。この手法は事前に2つの準備を必要とする。第1に、熟達した起業家のサンプルが必要である。第2に、スタートアップ時に起こる典型的な「意思決定問題」を開発する必要がある。

2.1.3 被験者: 熟達した起業家

 本研究においては、熟達した起業家を、「個人・チームを問わず、1つ以上の企業を創立し、創業者・起業家としてフルタイムで10年以上働き、最低でも1社を株式公開した人物」と定義した。また、候補者の選出において、2つの情報源にあたった。1つ目は、ベンチャーキャピタリストのDavid Silverによって編集された、1960年から1985年で最も成功した起業家100人のリスト、2つ目はErnst & Young社による「アントレプレナー・オブ・ザ・イヤー」の受賞者リストである。このサンプルは全ての熟達した起業家から抽出されたと言える。結果的に、実に多様な業界から45名が参加に同意し、全員が男性で90%がアメリカ国籍で、41〜81歳、3分の2が大学院卒であった。

2.1.4 実験用課題

 被験者に共通する唯一の要素は、アントレプレナーシップである、と私は考えた。そのため、アントレプレナーシップそのものを、本研究の設計の中核となる課題に据えることにした。最終的な実験用課題は、「ベンチャリング」と名付けたアントレプレナーシップに関するコンピュータ・ゲームを扱う新しい会社を設立する過程で解決すべき10の設問からなる、起業家的意思決定の問題であった(付録1)。実験やインタビュー後、全ての被験者は「実験で提示された課題は現実的だ」と述べた。

2.2 定量的データ解析

2.2.1 仮説形成に向けた準備

 私はプロトコルの録音データを繰り返し聞き、そこからいくつかのテーマを見つけ、それを分析や仮説形成に関する関連文献にあたる手がかりとした。最初に浮上したテーマは、「熟達した起業家は、マーケットリサーチを信用しない」ということだった。そして意識的・無意識的に、意思決定における未来の予測に対して、明らかな不信感を持っていたのである。このことは、「未来を予測することなく、どうやって意思決定をするのか?」という新たな疑問を生じさせた。

2.2.2 仮説形成のための関連文献

 不確実性のもとでの意思決定の研究における規範の開発は、ナイト(Knight, 1921)による「リスク」と「不確実性」の概念的区別にその源流がある。確率分布が既知の状況は「リスク」にあたり、古典的な「分析のテクニック」が要求されるのに対し、確率分布が未知の状況は「不確実性」にあたり、「推定の手続き」が必要とされる。規範的モデルの構築を手掛けている研究者による実験研究では、人間は一般的に、「未知の分布」よりも「既知の分布」を好むことが明らかになっている。しかし、アントレプレナーシップの研究者は、起業家は、曖昧性に対する耐性が高いため、彼らは「未知の分布」を好むだろうとした。いずれの規範的アプローチも、人間は概してさほど合理的ではない(Simon, 1959b)とする、他の研究者によって修正がなされてきた。しかし、これらの発見は、意思決定者が非合理的であることを意味しない。むしろ、一定の制約内では、意思決定者はヒューリスティックや帰納的論理を用いて、効果的に意思決定をすることがしばしばあることを示しているのである(Gigerenzer et al., 1988)。

 ここでナイトの話に戻すと、ナイトは2つではなく、3つのタイプの不確実性を論じていたことに私は気が付いた。最初は、既知の分布だが結果がわからないくじ引きについての未来。2番目は、未知の分布で結果が分からないくじ引きについての未来。3番目は、未来が分からないのみならず、原則的なものすらもわからない未来についてである。3番目の対処についてはナイト自身も途方に暮れた。それでは、調査協力者の熟達した起業家は、もし未来がこの第3のタイプの「ナイトの不確実性」にあたると信じている場合、どうするのだろうか? そこで私は、直接データを定性的に分析することで、「ナイトの不確実性」に対処する論理を見出そうとした。そして私はこの論理を「エフェクチュエーション」と名付けたのである。

2.2.3 未来の予測可能性についての信念: リスク、不確実性、そしてナイトの不確実性

 エフェクチュエーションは、人間の行為が未来をつくり、それがゆえに、未来は合意のもとに行われる人間の行為によってコントロールされ、また創造される、という認識に根差している。もちろん、こうした見方は、現実よりも期待を色濃く反映するものであり、現実世界では、多くの起業家が失敗する。しかしこの事実は、エフェクチュアルな行為者が、予測することや予測に対応することよりも、世界の一部を形づくり、創造することに対して関心を持っている、という仮説を否定するものではないのである。

2.2.4 帰無仮説

 上述の概念形成の議論に基づき、本研究における被験者(熟達した起業家)の意思決定プロセスは、「未来の予測可能性」に関する以下の3つの信念のいずれかによって影響されていると推測できる。

  1. ANL(分析: analysis の略): エージェントを使った市場調査(AG=agency)や分析(AN=analysis)により、未来を予測して、合理的に決定しようとする。
  2. BAN(ベイジアン分析: Bayesian analysis の略): 未来が分からなければ、テストや実験を繰り返し(TM=test marketing)、アップデートして修正する(MA=modified analysis)ことで予測の精度は徐々に向上できると考える。
  3. EFF(エフェクチュエーション: effectuation の略): 伝統的市場調査は信用せず(EF=effectuation)、人と話すことで、市場で起こっていることに対して直感(GF=gut feel)を得ようとする。

 次の帰無仮説が棄却されるならば、被験者の「未来の予測可能性」に関する信念の選好を分析する必要がある。

帰無仮説: 新しいベンチャーの開発に従事している「熟達した起業家」は、未来の予測可能性についての3つの信念(および、それに対応する技術)について、特定の選好を持っているわけではない。

2.2.5 コーディングの枠組み

 最初のデータ群は、マーケット・リサーチに関するものである(例えば、設問1の問4「どのようにこの情報を見つけましたか?どのような種類の市場調査をしましたか?」)。我々が使ったコーディングの枠組みは、表2.3の通りであり、詳細なカテゴリーは仮説に関係するANL、BAN、EFFの3つの大きなカテゴリーにまとめられた。ただし、誰もが何らかの形で見るであろうPUB (公刊資料)については無視した。

2.2.6 帰無仮説についての定量的テスト

 マーケット・リサーチに関する質問から得られた235の意味的なかたまりのうち、24(10%)はANL、35(15%)はBAN、そして176(75%)はEFFに属していた。この分析の結果、帰無仮説を否定するに足る強力な証拠が得られた。また、「ボルダ得点方式」を用いて多弁な調査協力者が仮説に有利な方に数値を歪めていないかどうかについてテストした後でも、15(ANL)、20(BAN)、46(EFF)と、EFFは数の上で圧倒的に多数であった。このことから、新製品のための市場創造において、調査協力者である熟達した起業家は、伝統的マーケットリサーチの方法よりもヒューリスティックを明らかに好む、という仮説を支持していると考えられる。特に27名中7名は、EFFカテゴリー以外の発言はしなかった。この後の定性的分析では、この「極端にエフェクチュアルな行為者」について述べる。

(遠藤央基)

2.3 定性的分析:エフェクチュエーションのプロセスモデル

 27名の調査対象者のうち、マーケットリサーチまたは予測的分析を有意味な程度に用いる者は4名のみであったことから、分析の焦点は、他の23名がその代わりにどんなプロセスを用いたかを特定することへとシフトした。プロトコルの内容は、認知科学の研究者によってエキスパート・システムを記述する予備的な段階において開発・利用される、単純な「プロセス追跡法」によって分析された(Haines,1974)。

2.3.1 定性的分析から推論された6つの要素

 エフェクチュエーションの論理の全体像は以下の6つの要素から構成される。

2.3.2 コーゼーションとエフェクチュエーションの統合的理解

 エフェクチュエーションのプロセスはコーゼーションによる推論と正反対である。エフェクチュエーションのモデルは以下のプロセスで進む。

可能な所与の手段の定義→偶発性を伴いながらいくつかの可能な結果から選択→継続的に新たな機会を紡ぎ出し、それを有利に活用する。

エフェクチュエーションは「目的主導的」「資源依存的」というよりも、「経路依存的」「関与者依存的」と言える。図2.1はエフェクチュエーションとSTPプロセスを比較した際、エフェクチュエーションの論理の中核には因果論の反転があることを示している。

2.4 モデルの初期テスト

 本章ではコーゼーションに基づくモデルと、エフェクチュエーションに基づくモデルを作成し、それぞれを用いた2種類の予測を立てることにした。そして、設問2に対するプロトコルの内容を用いることで、どちらのモデルがデータを裏付けるのかをテストすることにした。設問2では、調査協力者は、「ベンチャリング」に関する市場調査のデータが与えられ、以下のマーケティングに関する意思決定を行うことを求められた。

  1. どの市場において、あなたは製品を販売しようと思いますか? (セグメントについての質問)
  2. どの程度の値段で、あなたは製品を販売しますか? (価格についての質問)
  3. あなたは、選択した市場セグメントに対して、どのように販売しようと思いますか? (チャネルについての質問)

2.4.1 設問2に対する、コーゼーションとエフェクチュエーションの予測

コーゼーションの予測

 コーゼーションの推論に基づくモデルから、意思決定が以下のように行われることが予測できる。

  1. セグメント:数量・金額双方の大きさから「大人向け」が選ばれる。
  2. 価格:セグメントに連動し、「大人向け」に100〜150ドルとなる。
  3. チャネル:「大人向け」市場に商品を送り込むことができる、学校への直販以外の3つのいずれか、及び全てが選択される。

エフェクチュエーションの予測

 エフェクチュエーションでは、「最初の顧客を許容可能な損失に基づき発見」→「市場セグメントの定義まで一般化」するので、最初に見込み客を調査する手段を選択することからスタートすると予測される。さらに「市場は紡ぎ出される」ということが、「セグメントの選択」ではなく「パートナーの選択」になるだろうと示唆する。

  1. セグメント: 「選択されるチャネル」によって決まる。
  2. 価格: 最初に「選択されたチャネル」、最初の「パートナーと顧客関係」、「関与者のネットワーク」の発展に基づき、あらゆる価格帯がありうる。
  3. チャネル: 「最も安価なチャネル」(例えばインターネット)が選択される。

2.4.2 予測の検証: 設問2へのプロトコルからの証拠

セグメントに関する意思決定

 「大人向け」市場を選択した調査協力者は26%のみであり、コーゼーションに基づく予測は棄却された。48%はセグメントを選択しなかった。彼らは「チャネル」と「パートナー」を選択するだけで「セグメント」はそこから発展すると考えていた。74%はエフェクチュエーションを用いた。

価格に関する意思決定

 セグメント同様コーゼーションは棄却された。多くは最初の顧客とチャネルに基づき、幅広い価格帯を選択した。

チャネルに関する意思決定

 チャネルに関しては明らかにエフェクチュエーションよりである。85%の被験者が、最初に、「インターネット」もしくは「パートナー」を通じた販売を選択したのである。さらに、残りの15%の調査協力者もまた「ターゲット・セグメント」の選択を通じてではなく、自分の「過去の経験」に基づいて、チャネルを選択していた。理由を「きわめて安くて、アクセスが容易であるためだ」とはっきりと述べた。そして、「ターゲットとなる市場セグメントに基づき、チャネルを選択する」と述べた人は、誰もいなかった。実際に彼らは、「どんなセグメントを選択するか」よりも、「まずはどんな顧客でもいいので接触すること」に重きを置いていた。

(田上雄大)


第3章 私の発見についての解釈 (pp.56-79)

【解題】(高橋伸夫)
(●●●●)


PART II 理論的探訪 エフェクチュエーション


第4章 エフェクチュエーションを理解する: 問題空間と問題解決の原則 (pp.82-125)

【解題】(高橋伸夫)
(●●●●)


第5章 エフェクチュエーションを理解する: エフェクチュアル・プロセスの動学 (pp.126-162)

【解題】(高橋伸夫)
(●●●●)


第6章 エフェクチュエーションを成果に結びつける (pp.163-192)

【解題】(高橋伸夫)
(●●●●)


PART III 通過地点


第7章 「人工物の科学」としてのアントレプレナーシップ (pp.194-225)

【解題】(高橋伸夫)
(●●●●)


第8章 競争優位と起業家的機会 (pp.226-240)

【解題】(高橋伸夫)
(●●●●)

第9章 エフェクチュエーションに基づく経済学の哲学と方法論 (pp.241-270)

【解題】(高橋伸夫)
(●●●●)


第10章 人々の希望の中に存在する市場 (pp.271-303)

【解題】(高橋伸夫)
(●●●●)


PART IV 進むべき方向


第11章 エフェクチュエーションを教える (pp.306-318)

【解題】(高橋伸夫)
(●●●●)


第12章 進行中の研究 (pp.319-383)

【解題】(高橋伸夫)
(●●●●)


第13章 新たな研究のベンチャー (pp.384-402)

【解題】(高橋伸夫)
(●●●●)


付録1 起業家向けプロトコル分析 実験資料/付録2 E5のプロトコル/参考文献/索引


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