March, J. G. (1991). Exploration and exploitation in organizational learning. Organization Science, 2(1), 71-87. ★★☆

 Levinthal and March (1993)は、探索(exploration)よりも深耕(exploitation)が優先される現象を学習の近視眼(myopia of learning)と呼んだが、まさにその探索と深耕をタイトル「組織学習における探索と深耕」とするこの論文を、1990年代末以降盛んになる両利きの経営に関する研究の大半が引用するようになる。しかし、そうした研究者の多くは、この論文をちゃんと読んだこともなければ、理解もしていなかったと思われる。なぜなら、実は、この論文は、次の二つのコンピュータ・シミュレーション・モデルを構築、分析することがメインの論文だったからである。

  1. 組織のメンバーと組織コードとの間の相互学習モデル
  2. 首位獲得競争モデル
ところが、高橋(1998)によれば、Bの首位獲得競争モデルについては、数学的分析が可能で、コンピュータ・シミュレーションの必要はない。組織パフォーマンスが平均・分散 (m, v2) の正規分布に従うひとつの組織が、平均・分散 (0, 1) の標準正規分布に従うN個の組織と競争するこのモデル (B) では、標準正規分布表から上側確率が1/(N+1) となる値uを求めると (N =2のときはu ≒0.44、N =10のときはu ≒1.34、N =100のときはu ≒2.33)、

m = u (1−v)   (1)

が導けるのである。March (1991) は、各Nについて、5000回のシミュレーションを行い、当該組織が首位になる確率P*が1/(N+1) となる点 (m, v2) を、分散v2について0から2まで0.05刻みで求めてプロットし、競争等位曲線 (competitive equality line) を求めている。それが、横軸、縦軸をそれぞれ分散v2、平均mにとったFigure 6で、N =2, N =10, N =100の3本の曲線は、明らかに縦軸と約0.2、約0.8、約1.7で交わっている。ところが、(1)式は、分散0のとき、それぞれ0.44、1.34、2.33で縦軸に接する放物線であり、シミュレーションのプログラムの妥当性に疑念を抱かせる。

 March (1991) のプログラムが公開されていないので、高橋(1998)は、Aの相互学習モデルに対しても、プログラムを自ら作成し、再現を試みたが、再現は難しく、モデル自体に対する疑問を提示するとともに、修正提案もしている。 三富, 高橋(2014)では、このAの相互学習モデルのコンピュータ・シミュレーション・プログラムをRで作成し、さらに数学的に分析が可能なケースに関しては、プログラムの結果と数学的分析の結果の照合を行うことで、プログラムの妥当性をチェックした上で、March (1991)のシミュレーションの結果に対する疑問点をいくつも指摘している。しかし、一番の驚きは、March (1991)のFigure 1は、いかにも単調減少関数のグラフのように見えるが、実は曲線は社会化率p1=0.1から始まっていて、それより左側の曲線が欠落しており、欠落していた部分も補うと、まったく違う結論に到達するという事実である。Mitomi and Takahashi (2015)のFigure 3に分かりやすく図解されているが、実際には、社会化率p1が0と0.1の間にピークがあり、「より遅い社会化 (より低いp1) の方が、より速い社会化よりも均衡でより高い知識レベルになる」というMarch (1991) の結論は、明らかに間違いだったのである。本当の結論は、知識レベルだけを考えても最適な社会化率が存在するということなのである。そして、その社会化率0.06〜0.07が低い値といえるのか、それとも社会化率としてはありふれた値なのかは、シミュレーションからは決して出てこないというのが、シミュレーション研究の限界なのである。

 このMarch (1991)の成り立ちについて解説しておくと、1989年にJames G. Marchを記念してカーネギー・メロン大学で組織学習論に関するコンファレンスが開催された。そこでの発表論文のうち、創刊間もない1991年の Organization Science 誌において、Michael D. CohenとLee S. Sproullの編集による「組織学習」特集号(Vol.2, No.1, 1991)に、この論文を含めて10本、後続号(Vol.3, No.1, 1992)には4本が掲載された(Vol.2では3本が著者・タイトルを含めて予告されていたが、実際にはそれに1本が追加されて4本になった)。さらに1996年には、これらの論文14本に9本の論文を加えて、同じ二人の編集によって大部の論文集『組織学習』(Organizational Learning, 1996)が出版される。


《参考文献》

Cohen, M. D., & Sproull, L. S. (Eds.). (1996). Organizational learning. Thousand Oaks, CA: Sage.

Levinthal, D. A., & March, J. G. (1993). The myopia of learning. Strategic Management Journal, 14(S2), 95-112. ★★☆

高橋伸夫 (1998)「組織ルーチンと組織内エコロジー」『組織科学』32(2), 54-77. ダウンロード

【解説】三富悠紀, 高橋伸夫 (2014)「相互学習モデルの本当の結論―経営学輪講 March (1991)」『赤門マネジメント・レビュー』13(9), 353-370. ダウンロード

Mitomi, Y., & Takahashi, N. (2015). A missing piece of mutual learning model of March (1991). Annals of Business Administrative Science, 14(1), 35-51. 日本語要約・ダウンロード


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