トラジェクトリ(trajectory)とは、弾丸や砲弾などの弾道、ロケットやミサイルなどの飛跡の意味。弾丸や砲弾の弾道だと単純な放物線になってしまうが、巡航ミサイルの飛跡の場合には、かなり複雑なトラジェクトリでも考えることができる。Nelson and Winter (1977)が技術的進歩の方向性を指して自然なトラジェクトリ(natural trajectories)と呼んだのを受けて、Dosi (1982)は技術的トラジェクトリ(technological trajectory)の概念を導入した。この論文では、トラジェクトリ持続的(trajectory-sustaining)な技術革新とトラジェクトリ破断的(trajectory-disruptingまたはtrajectory-disruptive)な技術革新を区別している。Christensen (1997)の邦訳書では、価値ネットワークを破壊するという意味を重ねて “disruptive” を「破壊的」と訳しているが、これは明らかな誤訳である。この論文でも、“trajectory-disruptive” とわざわざトラジェクトリ(trajectory)とつなげて用いられる。“disruptive” には「破壊的」などという意味はもともとないのであって、あくまでもトラジェクトリが連続して「持続的」なのではなく、途切れて「破断的」であるとトラジェクトリの形状を形容しているだけなのである。
では、破断的なトラジェクトリとは、どんなものなのか。そもそも技術的トラジェクトリとは、Dosi (1982, p.152)によれば、ある技術的パラダイム上での通常の問題解決活動の(すなわち、進歩(progress)の)パターンである。それは連続(continuity)であって漸進的技術革新(incremental innovation)である。たとえば、この論文で取り上げられているディスク・ドライブの例でいえば、14インチ・ディスク・ドライブでdisk-packドライブからWinchesterドライブへの技術的変化はトラジェクトリ持続的であった(Figure 1)。より一般的にいえば、技術Aはある程度成熟すると性能向上のスピードが落ちてくるので、新技術Bへと乗り換えられていく。同様に技術Bから技術Cへ、技術Cから技術Dへと次々と技術は乗り換えられていく。これがトラジェクトリ持続的な技術革新である。
それと対比して、Dosi (1982)は、不連続(discontinuity)でラディカルな技術革新(radical innovation)による異常なブレークスルー(extraordinary breakthrough)、つまり明らかに上方不連続で良い意味での技術的飛躍も想定していたのだが、この論文では、逆の下方不連続、つまり、それまでの技術的トラジェクトリが途切れ、そこから明らかに劣った性能的には下の技術へと落ちる技術的トラジェクトリを考える。それがディスク・ドライブでいえば、(A)14インチ→(B)8インチ→(C)5.25インチ→(D)3.5インチという技術的変化で、製品の性能をハード・ディスクの記録容量で測れば、明らかに下方にトラジェクトリが破断していたのである(Figure 2)。通常であれば、市場で売れるはずがないのだが、ところが、ディスク・ドライブ市場では、性能的には劣ったオモチャのような製品が、既存市場ではなく、別の大きな市場を獲得して売れてしまうのである。すなわち、(A)14インチが(a)メインフレーム・コンピュータを市場としていたのに対して、(B)8インチは(b)ミニコンピュータの市場を、(C)5.25インチは(c)デスクトップPCの市場を、さらに(D)3.5インチは(d)ポータブルPCの市場をすぐに獲得して売れてしまった。そのため、技術的トラジェクトリは途切れ、複数のトラジェクトリが並存して形をとどめることになったのである。
実は、米国では、このトラジェクトリ破断的な技術革新があった際に、各市場セグメントのリーダー企業まで取って代わられるという現象が見られた。この論文の後半では、その個別事情・理由が述べられているが、一般化するには距離感がある。実際、日本ではそうした現象は起きなかったので、必然であるかのごとくの説明の仕方には違和感と疑問がある。技術的トラジェクトリの破断と価値ネットワークの破壊を短絡的に結びつけて考えることは要注意である。しかし、果たして本当に技術的トラジェクトリは破断していたのだろうか。続きならびに詳細は、高橋, 新宅, 大川(2007)で。
なお、ハード・ディスク・ドライブに関して、読者に対してインパクトのある技術的トラジェクトリを描いているこの論文 Christensen and Bower (1996)の3枚のグラフFigure 1左・Figure 1右・Figure 2は、もともと Christensen (1993)のFigure 4上・Figure 4下・Figure5が転載された(reprinted)ものと表記されている。同様に、ベストセラーとなった著書 Christensen (1997)にもFigure 1.4・Figure 1.5・Figure 1.7として転載され、そのように明記されている。ところが「転載」と書いてあるにもかかわらず、これらのグラフは見た目からしても、同じものではない。さらに、転載であるとは記されていないが、Christensen (1993) のFigure 4下とFigure 5と全く同じグラフが、Christensen and Rosenbloom (1995) のFigure 5とFigure 4として掲載されている。より詳細については、高橋, 新宅, 大川(2007)を参照のこと。
Bower, J. L., & Christensen, C. M. (1995). Disruptive technologies: Catching the wave. Harvard Business Review, 73(1), 43-53.
Christensen, C. M.
(1993).
The rigid disk drive industry:
A history of commercial and technological turbulence.
Business History Review, 67(4), 531-588.
Christensen, C. M. (1997). The innovator’s dilemma: When new technologies cause great firms to fail. Boston: Harvard Business School Press.
邦訳, C・M・クリステンセン (2000)『イノベーションのジレンマ―技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』(伊豆原 弓 訳). 翔泳社.
Christensen, C. M., & Rosenbloom, R. S.
(1995).
Explaining the attacker’s advantage:
Technological paradigms, organizational dynamics, and the value network.
Research Policy, 24(2), 233-257.
Dosi, G. (1982). Technological paradigms and technological trajectories: A suggested interpretation of the determinants and directions of technical change. Research Policy, 11(3), 147-162. ★★★
高橋伸夫・新宅純二郎・大川洋史 (2007)「技術的トラジェクトリの破断―経営学輪講 Christensen and Bower (1996)」 『赤門マネジメント・レビュー』6(7), 267-274. PDF