卒業研究内容紹介 (高橋伸夫@東京理科大学)  BizSciNet


2024


千葉ニュータウン(印西市)の計画人口・計画戸数未達理由の考察
岸翔太


 千葉ニュータウンは失敗したのか。千葉ニュータウン事業は2014年に終了したが、印西市に属する部分では、それから10年たった2024年でも計画人口96,000人に対して実績71,388人(74%)、計画戸数30,900戸に対して実績27,950戸(90%)で、未達のままである。 計画人口・計画戸数未達は、gaccom.jpのデータを集めて分析した小学校の児童数の伸び悩み、頭打ち傾向にもよく表れている。図1は2009年〜2023年の「千葉ニュータウン中央駅」圏内の小学校の児童数の推移を、成功例としてよく挙げられる流山市の「流山おおたかの森駅」圏内の小学校の児童数の推移と比較したものである。違いは一目瞭然(参考に千葉ニュータウンに似た傾向の「柏の葉キャンパス駅」圏も入れている)。このままでは、千葉ニュータウンは子供の数が減り、住民が高齢化する「オールドタウン化」現象が進行する。 しかし、ここで疑問がある。そもそも小学校の予定地は、ニュータウンの計画段階で決められており、宅地造成が済んだ段階で、市町村に移管されている。そして、実際に児童数が増えてくれば、そこに小学校が建てられるだけのことである。そこに裁量の余地はあまりない。では一体何に失敗したのだろうか。

図1 駅圏の小学校児童数の推移


 そこで、この研究では、保育園に注目した。保育園に入った子供がやがて小学校に入学するからというだけではない。保育園は小学校のように運動場のようなものを持つ必要はないので、一戸建てでも、ビルやマンションの一角でも、ある程度簡単に作ることができる。その保育園をどこにどのくらい作っていくのか。これはニュータウンの開発業者の戦略の問題ではないかと考えたからである。実際、ビルやマンションの開発業者に聞いたところ、具体的な話が決まっていなくても、「このフロアには保育園が入ればいいな」くらいの構想をもって開発計画を立てていると回答があった。そこで、実際に、「千葉ニュータウン中央駅」と「流山おおたかの森駅」から、それぞれ1km圏内、2km圏内にある保育園等施設(預かり保育を実施している幼稚園・保育園・こども園)の定員数を調べてみると、図2のように、明らかな違いがあることが分かった。

図2 道路距離圏内の保育園等施設定員数


 「流山おおたかの森駅」の場合、保育園は基本的に駅近くにあり、共働きの両親が、通勤途中に預けやすい場所に存在している。しかも、同じ1km圏内、2km圏内といっても、図3の地図に示されるように、さらに深刻な質的違いがあることが分かる。つまり、「流山おおたかの森駅」圏は駅の近くに集中的に分布しているのに対して、千葉ニュータウン中央駅は駅から離れた周辺に散らばって分布している。これは、保育園戦略に違いがあり、それが失敗だったことを示唆している。

図3 駅周辺の保育園等施設の分布

(A)千葉ニュータウン中央駅


(B)流山おおたかの森駅


(C)柏の葉キャンパス駅



浅草を訪れる外国人観光客の行動分析
古久保美咲


 本研究のきっかけは、山形県を旅行した際、最上川の川下りで、自分と友人以外はすべて外国人で、あんな山奥に多くの外国人観光客がいるのを見て驚いたことにある。自分の出身地である滋賀県も琵琶湖という観光資源があるが、インバウンドの外国人観光客は少ない。増やすにはどうしたらいいのかと考えるようになった。

 そのため、当初は、滋賀県でアンケート調査をすることを考えていたが、そもそも外国人観光客があまりいない滋賀県で、誰を対象に何を調べればいいのかもよくわからない。そこで、外国人観光客なら、まずは訪れるであろう、日本観光のハブともいえる東京・浅草で、外国人観光客の調査をする計画を立てた。とりあえず英語と中国語で聴き取り調査のできる範囲で、外国人観光客の半構造化インタビュー調査を行った。

 実際に2024年8月6日に仲見世通りでインタビュー調査をしながら、あることに気が付いた。従来、たとえば日本の観光庁が行うような調査では、調査結果は単純集計が中心で、全体的な傾向を描くことが主眼だったように思われる。それに対して、実際にインタビュー調査をしてみると、近隣のアジア諸国からの観光客(以下「アジア系観光客」)と、遠方の欧米からの観光客(以下「欧米系観光客」)とでは、明らかに日本観光の行動様式に違いがあるのだ(インタビュー対象者が20人しかいないので、統計的に検定はできない)。


 そして、その行動様式の違いは、文化や国民性の違いから来るものではなく、日本に来るまでに要する時間と費用の違いから来るものだと考えられる。実際、近隣アジア諸国からであれば、渡航に要する時間・費用が小さいので、1回あたりの滞在日数は短くても何回も来ればよく、知人やTikTokの情報を頼りに何度も訪日して、リピーター化しても構わない。対照的に欧米系は渡航に要する時間・費用が大きいので、何度も来るわけにもいかず、一度訪日したら、長々と滞在して、ツアーで日本を回って楽しむ傾向がある。これが本研究の最も大きな事実発見である。

 ただし、外国人観光客の多くが、東京・京都・大阪といった主要観光地に集中する傾向には違いがない。つまり、滋賀県のような地方が観光地として選ばれることはまれである。選ばれるためには、アジア系観光客がよく利用するTikTokで映える工夫をし、かつ欧米系観光客のツアーに組み込んでもらう努力をする必要がある。その際、国宝を含む国指定の重要文化財の指定件数のうち、建造物の指定件数が189件で、京都、奈良に続いて全国3位であることを活用するべきだろう。つまり、TikTokで映える建造物の撮影場所や撮影方法を人気TikTokerの協力も得て設定したり、ツアーで回りやすいように、テーマ性を考えて建造物をピックアップして整理したりする必要がありそうだ。


EC決済の登場と普及の背景
松井大翔


 本研究は、高橋教授の手伝いで、日本のEコマース黎明期にEC決済を確立した山本正彦氏(元日本信販)にインタビューする機会を得られたことから始まっている。高橋教授によれば、日本のインターネット・ショッピングで、クレジット・カードによる少額決済が可能になったのは山本氏のおかげらしく、私も当初はそのような話を聞けるものだと期待してインタビューに参加していた。ところが、実際に出てきた話は、インターネット・ショッピングの話でもなければ、クレジット・カード決済の話でもなく、私たちの世代からは想像もつかない実店舗での紙減らしが、Eコマースの基盤形成になっていたという意外な事実だった。

 山本氏は、1997年に、日本信販の渋谷支店の営業から、本店企画本部企画開発部に異動になったが、営業にいたときのようにお客さんのところを回りながら、なんとなく顧客の欲しているIT系サービスの内容が見えてきていた。実は、当時の小売店の店頭では、割賦販売をする際に、大量の紙の書類・伝票の処理をしていたのである。なんとかして、あれを今風に言えば電子化してペーパーレスにできないものか。そこで社内のシステム開発部にいたIT関連のエキスパート落合宣明氏に相談してみると、あっさり「できますよ」の答。「えっ! できるの?」こうして、山本氏が商品マーケティング/商品企画、落合氏がシステム設計/開発の二人三脚で、ECトータル決済ソリューションの企画・開発が始まる。

 最初のサービスは、今述べた個品割賦用のもので、商品名「ECクレジット」として1999年11月にシステム・リリースした。この商品で、大手PCメーカー各社、家電量販店、OA機器販売会社などと導入契約を獲得した。このシステムに関しては、ビジネスモデル特許として、2000年3月に「クライアント・サーバー・システムにおけるクレジット(個品割賦)取引システム及びクレジット取引方法」(特願2000-70681)を特許出願している(発明者山本)。  次いで、コンビニ払いに対応した商品名「ECコンビニ」が、2000年5月にシステム・リリースされた。このシステムに関しては、やはりビジネスモデル特許として、2000年3月17日に「クライアント・サーバー・システムを利用した集金代行システムおよび集金の代行方法」(特願2000-77009)を特許出願している(発明者山本)。

 そして、2002年10月に商品名「ECカード」システムがリリースされる。実は、それまで日本信販は、カード決済商品「SSLカードGatewaySystem」を提供していたが、これは、小売店から専用回線を使ってWebサイトに接続していたシステムで、回線費用も別途必要で、既存ユーザーだけでなく、潜在ユーザーからもインターネット接続を望む声が多く、導入社数が伸びなかった。そこで、インターネットでデータ・センターにつなぐクライアント・サーバー・システムへ統合したのが「ECカード」システムである。こうして、日本信販の決済サービスは、すべてインターネット経由のシステムとして揃い、ワンストップ・サービスの決済システムとなった。

 こうした実店舗用のECトータル決済ソリューションが用意されたことで、例えば楽天市場のようなショッピング・サイトが登場することになる。実際、ショッピング・サイトは、単に、実店舗を紹介するだけでよかった。消費者はネットで買い物をしているように錯覚しているが、実は、ネットで実店舗を探してつながるだけで、注文・決済は日本信販のECトータル決済ソリューションを使って実店舗との間で直接行っていたのである。


キャラクター間のコラボ効果の分析:『葬送のフリーレン』公式Xから読み解く
富田涼平


 人気キャラクターのついたコラボ商品は、コンビニなどでも頻繁に売り出される。私は当初、こうしたコラボ商品のコラボ効果を調べたいと思っていた。しかし、データがない。そこで、やや邪道ではあるが、人気アニメ『葬送のフリーレン』のキャラクター間のコラボ効果を測定する方法を考案・考察した。

 私が見出した方法は、公式Xのポストへの「いいね」数を調べることである。「いいね」は一つのアカウントから1回しか押せないので、他の指標よりも信頼性が高いと考え採用した。予備調査として、10個のポストに関して、「いいね」数の増加の様子を調べたが、ポストから48時間でほぼ飽和状態に達していたので、安全を見て、ポストから72時間後の「いいね」数をデータとして採用した。対象となったのは、2024年8月2日0:00〜2024年11月30日23:59までの全486ポストで、これらのポストに登場するキャラクターの種類もデータとした。

 これらのデータに、「キャラクターAダミー」「キャラクターBダミー」「交互作用」を独立変数、「いいね数」を従属変数とした重回帰分析を行った。その分析結果を下図のような交互作用図に図示したところ、次のようなコラボ効果が見つかった。

  1. 「フリーレン×ヒンメル」はプラスのコラボ効果(相乗効果)があった(交互作用は5%水準で統計的に有意)。
  2. 「フリーレン×フェルン」はマイナスのコラボ効果(相殺効果)があった(交互作用は1%水準で統計的に有意)。
 

 つまり、重回帰分析の交互作用項を使うことで、コラボ効果を測定することができる。

 ただし、今回の「フリーレン×ヒンメル」のプラスのコラボ効果(相乗効果)に関しては、詳しく調べたところ、あるキラーコンテンツの存在が大きかったことが分かった。実際、外れ値ともいえるそのキラーコンテンツを除くと、統計的に有意な交互作用は消失する。そのキラーコンテンツとは、フリーレンとヒンメルをアルフォンス・ミュシャ風に描いたイラストのポストで、アニメ化のデザインワークスを担当した簑島綾香によって描かれたものだった。これはイラストの作者などとのコラボ効果を表していた可能性がある。冒頭で、キャラクター間のコラボ効果の測定はやや邪道だと述べたが、実は、外れ値を調べることで、キャラクター以外の要因とのコラボ効果を発見、測定できる可能性もあることを示唆している。


食品小売店におけるキャッシュレス決済等の導入状況:東京都北区田端・中里地区の実地調査
稲村匠


 日本では、諸外国に比べて、小売店におけるキャッシュレス化・セルフレジ化が遅れていると嘆く論調が主流である。そこで、自分の生活圏にある食品小売店を実地調査して、実際にキャッシュレス化・セルフレジ化がどの程度進んでいるのか。またキャッシュレス化・セルフレジ化が遅れているとしたら、その理由は何なのかを調べることにした。調査は10月19日(土)・20日(日)・26日(土)・27日(日)の土日の夕方(15時〜17時)に行った。対象は、東京都北区田端・中里地区の食品小売店で、全部で49軒あった。

 調査の結果、チェーン店21軒と個人店28軒では導入状況にかなりの違いがあることが分かった。たとえば、セルフレジは、個人店ではどこも導入していなかったが、チェーン店では7割が導入していた。これは客数の違いに起因しているように見えた。実際、調査時に店に何人の客がいるのかも調べたが、チェーン店では、半数の店で6人以上の客がいて、10人超の店も3割あった。それに対して、個人店では2/3の店で客数0、1/3の店で客数1〜5人、つまり、客がほとんどいなかった。このようにレジの使用頻度が極端に低い店では、そもそもセルフレジを導入する意味がないのである。導入の遅さの問題ではなかったわけだ。

 また、チェーン店、個人店に限らず、たとえ客数が多くても、効率的なレジ作業が好ましいとは限らないケースもあることも分かった。今回の調査では、ジェラート店が、注文・会計・盛り付けをただ一人の店員で行っていたため、調査時には6人の客が行列をなしていた。これは人気店に見せる宣伝効果を狙っている可能性があり、レジを効率化して行列を解消することは逆効果になる。

さらに、チェーン店でも、@単価の高い商品を扱っているドラッグストアでは、万引きのリスクからセルフレジを導入していなかったし、A店舗のレイアウトの都合で、セルフレジの設置場所がないケースもあった。つまり、店舗の営業を開始してから、レジの形態を変更することは、経費的にも難しいのである。

 次に、キャッシュレス決済導入率は73%だった。これは経済産業省が出している統計で食品小売業における導入率が79%だったので、平均的な導入率といえる。チェーン店はすべて導入済みだが、個人店では6割にとどまっていた。そこで、グーグルマップのストリートビューの機能を使って、個人店28軒のおおよその営業開始時期を特定した。その結果、2010年以前開業の14軒中9軒がキャッシュレスを導入していなかった。2011年以降の開業14軒のうち、導入していないのは2軒しかなかったので、対照的である。これをクロス表にすると表1のようになり、1%水準で統計的に有意な関係があった。つまり、個人店に関しては、営業を開始した後にキャッシュレスを導入するというよりは、営業開始時にキャッシュレスを導入していたことを示唆している。もしそうでなければ、営業開始時期によって、キャッシュレス導入率に差は出ないはずだからである。

表1 営業開始時期とキャッシュレスの導入状況



小売業における経営者予想値のラチェットおよびラチェット効果の検証
熊丸英明


 たとえば、企業で給料を上げるのは簡単だが、一度上げてしまうと経済状況が悪化しても給料を下げにくくなるというように、状態や条件が一方向にしか変化しない現象をラチェット効果(ratchet effect)と呼んでいる。本研究で扱うのは、同様に、@予算より実績が上回った時に、次期の予算が引き上げられる程度よりも、A予算より実績が下回った時に、次期の予算が引き下げられる程度が小さくなる非対称な傾向である。予算と実績に関してはLeone and Rock (2002)によって確認されている。本研究では、予算の代理変数として、経営者予想値を用い、同様の関係が見られるのかを検証する。 本研究で分析に用いたデータは、日経NEEDS Financial QUESTで、2024年10月時点で小売業に分類されていた約 300 社の2015年〜2020年の数値である。会計数値としては売上高と経常利益を取得しており、この値は、決算短信で公表される予想値と実績値のうち期初に公表されるものである。また、連結決算の数値および IFRS 基準の数値を優先して取得するように指定している。

 まず、「当期実績−当期予想値」(予実差異)を横軸に、「次期予想値−当期予想値」(予想変化)を縦軸にとってプロットすると、図1のグラフのようになった。つまり、@予想より実績が上回った時(右側の2象限)に、次期の予想が引き上げられる程度よりも、A予想より実績が下回った時(左側の2象限)に、次期の予算が引き下げられる程度の方が小さくなるために、左の2象限での傾きが緩くなることが観察できる。

図1 散布図と推定される回帰直線(外れ値除外後)


 また半期ごとの実績値と予想値の差異を分析することにより、前半期に好調であった企業では、後半期に業績が低下する傾向があることも確認された。後半期における業績の低下は、売上高よりも経常利益において顕著であった。


ゲーム実況の著作権管理:ガイドライン方式とJASRAC方式
長澤碧


 産業では、YouTube、Twitch等の動画配信プラットフォームにおいて、著作物であるゲームを無断で用いた「ゲーム実況」が行われ、収益も発生している。権利者の許諾を得ることなく、ゲームの映像やゲーム内で使用されている音楽を使用し、ゲーム実況動画を作成、インターネット上にアップロードして利益を得る行為は、著作権法に違反しており、ゲーム実況は著作権侵害であると言える。しかし、著作権をもつゲームメーカーは「ガイドライン(配信規約)」を発表し、それが遵守されているものについては「著作権侵害を主張しない」というスタンスをとっている。

 ただし、企業ごとにガイドラインの内容は大きく異なるため、ゲーム配信規約データベース(game-guideline-db.com)のデータをもとに分類を行ってみよう。分類は「配信許可」「収益化」「配信方法の制限」「ストーリーの制限」の4項目で行う。登録されているゲームタイトル総数7,839件(情報取得日2024年11月27日)は、結果として29パターンに分類された。多数のゲームソフトを発売している任天堂など大手メーカーが寛容なため、4項目が全て〇のパターンが過半数の4,347件を占め、寛容なガイドラインが多いということがわかる。というより、ガイドライン方式とは名ばかりで、過半数が野放し状態黙認ということである。

 こうしたゲーム産業のゲームタイトルごとのガイドライン方式に対して、音楽産業では、2008年にJASRACがYouTube (Google社)と包括的な利用許諾契約を結んでいる。これにより、著作権集中管理団体JASRACが管理する楽曲を演奏し、YouTube上で公開することが可能になるとともに、利用された全楽曲を、リクエスト回数などとあわせて事業者が報告することで利用料金が算定される。これは2007年にYouTubeがパートナープログラムを開始し、動画投稿によって金銭を得られるようになった翌年のことであり、新たな著作権侵害に対しても使用料の徴収と著作権の保護を迅速に行ったと言える。さらに2023年には、YouTubeのContent IDを活用した新たな契約を結んだ。Content IDは、著作権で保護されたコンテンツをYouTube上で識別するためのシステムで、JASRACの管理楽曲が含まれていることが検知されると、広告収益の一部は著作物使用料として、JASRAC経由で楽曲権利者へ分配される。

 実は、任天堂は2013年2月に、任天堂ゲームを使ったYouTube上の全ての実況動画に対して、JASRACと同様にContent IDを用いた検知によりその収益の100%を徴収しようとしたことがある。しかしながら、動画クリエイターからの強い反発を受け、現在ではゲーム実況動画から収益の徴収を行っていない。それが野放しガイドラインにつながっている。

 任天堂の著作権管理が強い反発を引き起こした理由は、実は、使用料の高さであった。任天堂はContent IDでの検知では収益の100%を、Nintendo Creators Programでは動画収益の40%ないしはチャンネル収益の30%という高い使用料を徴収していた。加えて、Nintendo Creators Programに対象の動画やチャンネルを申請する手間がかかり、申請が通ったとしてもプログラム対象外の既存動画の削除や登録したチャンネルでのライブ配信禁止という制限が課された。結果的に、強い反発を生み、ゲーム実況動画クリエイターによる任天堂ゲームの利用中止宣言まで呼び起こした。

 以上のことを踏まえて、本研究では、ゲーム業界でも著作権集中管理団体を設立して管理を行うJASRAC方式を推奨する。ただし、その際は使用料を大幅に引き下げる必要がある。JASRACでは、インタラクティブ配信でJASRAC管理の楽曲使用する場合、音楽を主とした利用(ストリーム配信)では「月間の情報料および広告料等収入の3.5%」としている。ゲーム実況動画におけるゲームの重要性を加味しても使用料は収益の5~8%程度に抑えるべきであろう。著作権保護とは、結局のところ、適切な使用料設定に尽きるのである。


なぜ人はコミックマーケットに集まるのか
木村太一


 コミックマーケット(準備会による公式略称「コミケット」通称「コミケ」)は、年に2回開催される世界最大規模の同人誌即売会である。日本のポップカルチャーの発展に重要な役割を果たしてきた。コロナ禍前の2019年12月28日〜31日に東京ビッグサイトで開催された「コミックマーケット97」(C97)では4日間で約75万人が集まったとされる。そこに約3万2,000のサークルが作品を出展し、約3,000人のボランティアスタッフが働いた。なぜ人はコミケットに集まるのか。私自身、その頃(高校時代)、コミケットのボランティアスタッフとして活動した経験を参与観察として生かしつつ、その理由を考察したい。

 まず、一般的にはあまり認識されていないかもしれないが、同人誌即売会で販売されている作品のかなりの割合が、二次創作物だということである。二次創作とは、既存の作品(漫画、アニメ、ゲームなど)のキャラクターや世界観を借用して創作される作品を指す。一般的には、それを販売すれば著作権侵害で訴えられる可能性があるのだが、同人誌として頒布する行為は黙認されてきた。つまり、二次創作物を販売・購買できる最大のマーケットがコミケットなのである。作者も購入者も、その外で売買すれば違法行為になってしまうが、その中で売買すれば許される。コミケット参加者は、3万種類以上の作品の中から選んで買うことが出来る。

 頒布数量は、約51万人を集めたC77 (2009年12月29日〜31日)で総計約925万冊と推計されていた。ただし、最大のマーケットとはいえ、サークルの過半数が100部以下の小規模頒布である。もちろん3,000部以上を頒布するサークルも1割あり、このクラスになると、売上高は500万円を超え、専業で行ける可能性も出てくる。

 では、なぜ二次創作物がそれほど人気なのか。明らかに、一次創作物と比べて安いからではない(経済学的な市場原理は働かない)。キャラクターや世界観を借用して、新しいアイデアや技術の進化に伴って多様化する創造的表現活動が刺激的だから人気があるのだろう。テレビのドラマやアニメでもスピンオフ企画あるいはパラレル・ワールド企画として作品が公式に作られることがあるが、本家を気遣って地上波では放送せず、TVer等で配信のみされるケースが多い。それを非公式に自由に作ることができるとすれば、魅力的である。

 ここに至るまでには、長い時間をかけて、著作権者の権利と創作者の自由な表現の間で暗黙の了解が形成されてきたのである。商業出版とは一線を画するために、コミケット準備会自体もずっと非営利組織として運営されてきており、イベントの収益は、会場費・警備費・その他準備費用などの運営経費に充てられている。1980年代から1990年代にかけては、緊張関係にあった多くの商業出版社も、今ではコミケットを新人作家の発掘の場、マーケティングの場として活用するようになっている。

 ところで、コミケットの参加形態は主に「サークル参加」「一般参加」「スタッフ参加」の3種類に分かれる。サークル参加者と一般参加者の参加動機については既に触れたので、残るはスタッフ参加者である。スタッフは、新人研修を受け、コミケットの理念や基本的な運営方針、安全管理の基礎などを教育された上で、運営体制に基づいて具体的な業務を遂行する。なぜ彼らはボランティアで参加しているのだろうか。もちろん、コミケットをより良くしたい。サークル参加者・一般参加者として参加した時の恩返しをしたいといった純粋な気持ちが基本にあるのは事実である。しかし、具体的なメリットも存在する。それは、サークル参加者に配布されるサークルチケットと同様の特典が与えられ、一般参加列に並ぶことなく入場することができるということである。スタッフ専用の休憩所も利用できる。つまり、参加したくなるコミケットの魅力こそが、スタッフ参加の原動力にもなっているのである。



管理人: 高橋伸夫 (経営学@東京理科大学)  BizSciNet
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