マーケティングの分野では、市場志向 (market orientation) 概念がよく用いられる (詳しい解説は、小菅 (2007) を参照のこと)。ところが、Christensen and Bower (1996) の破断的イノベーション (詳しい解説は、高橋・新宅・大川 (2007) を参照のこと) 以来、市場志向自体を問題視する議論も増えてきた。(市場志向の話や破断的イノベーションの話は勉強しておいた方がいいとは思うが……。)
そこで、この論文では、市場志向を技術志向 (technology orientation) と対比させて、技術ベースと市場ベースのイノベーション (正確には“breakthrough innovation”とされ、“incremental innovation”と対比されているので、おそらくは Christensen の破断的イノベーションと類似する概念だと思われるが、どうやって同定できたのかは疑問) にどのような影響を与えたのかを中国の350社(外資も含む)から集めた7点尺度のアンケートで得られたデータを構造方程式モデリングで分析している。その結果は、Table 2 (p.52) として示されていて、簡単に示せば、要約にもまとめられているような次の表のような影響があったことになる。
説明変数 | 技術ベースのイノベーション | 市場ベースのイノベーション |
市場志向 | + | − |
技術志向 | + | 影響なし |
直感的には、市場志向であるなら市場ベースの、技術志向であれば技術ベースのイノベーションにプラスの効果があるという結論になりそうなものだが、結論はこの表の通りで、市場志向でも技術志向でも技術ベースのイノベーションにプラスの効果があり、市場ベースのイノベーションにはマイナスもしくは影響なしというものだった。そうなってしまう理由は、この論文の「市場ベース」の意味が通常の意味とは異なるせいらしい。「市場ベース」の「市場」は新しくこれから生まれる市場とされていて(p.43)、仮にそれが正しく測定されているならば、市場志向が「市場ベース」のイノベーションにマイナスに影響するのは、Christensen and Bower の主張通り(p.54)といってしまっていいのか? 高橋・新宅・大川 (2007) の一読をお勧めする。
小菅竜介 (2007)「顧客志向から市場志向へ―理論と測定」『赤門マネジメント・レビュー』6(7), 243-266. PDF
高橋伸夫・新宅純二郎・大川洋史 (2007)「技術的トラジェクトリの破断―経営学輪講 Christensen and Bower (1996)」『赤門マネジメント・レビュー』6(7), 267-274. PDF