世界市場で過半のシェアを獲得したスウェーデンの100の技術革新のうち、1960年以降に起こった44件について、それぞれの技術革新の歴史を良く知っているプロジェクト・エンジニアに質問票を配布し、35件について回答を得た(回収率80%)。この論文が注目する被説明変数は、移転するまでの時間(time to transfer)と模倣されるまでの時間(time to imitation)の二つである。ただし、どちらもまだ移転していない、まだ模倣されていない打ち切り観察(censored observation, p.80)を含んでいる。そこで(この論文にははっきり書いていないのでわかりにくいが)、生存時間解析(あるいはイベント・ヒストリー分析とも呼ぶ)を使って打ち切りデータを含めて分析する。中でもセミパラメトリックな手法であるCox回帰を使う。これは移転されやすさ、模倣されやすさを表すハザード率(hazard rate)を使って、比例ハザード性を仮定して、ベースラインのハザード率の何倍になるかで説明変数の影響を検定するもので、その結果、移転については、コード化しやすさ(codifiability)、教えやすさ(teachability)、並行開発(parallel development)が有意に影響し(Table 5)、模倣については連続的開発(continuous development)、重要社員の離職(key employee turnover)が有意に影響していたらしい(Tables 6 and 7)。模倣時間についてTable 6とTable 7が別になっているのは、仮説である命題P1〜P4との関係で、多分、P1とP2はTable 6、P3とP4はTable 7に対応しているという意味らしいのだが、なぜ一度に分析しなかったのか不明。
この論文の着想は、おそらく引用されているWinter (1987)だと思われる。Winter (1987)は、新工程と新製品に分けて、模倣を防ぐ方法として、特許など6つの方法の有効性を7点評価してもらい、産業ごとに平均点を計算して比較している(表8-1)。この有効性得点で、実際に移転時間、模倣時間を説明できないかと考えたのではないだろうか。なおイベント・ヒストリー分析は社会学で広く使われる分析手法で、組織論では組織エコロジー論でよく使われる。イベント・ヒストリー分析についての解説としては清水(1999)が、コンパクトかつ網羅的でお奨めである。
清水剛 (1999)「イベント・ヒストリー分析の理論と方法」高橋伸夫編著『生存と多様性: エコロジカル・アプローチ』(pp.41-73)白桃書房.
Winter, S. (1978). Knowledge and competence as strategic assets. In D. J. Teece (Ed.), The competitive challenge: Strategies for industrial innovation and renewal. Cambridge, MA: Ballinger. (石井淳蔵他訳『競争への挑戦: 革新と再生の戦略』白桃書房, 1988)