Yin, R. K. (1981). The case study crisis: Some answers. Administrative Science Quarterly, 26(1), 58-65. ★☆☆

 この論文は、同じASQに発表されたMiles (1979)に対する“reply” として書かれているらしい(p.58)。Miles (1979)は、自分がケース研究で質的データ(qualitative data)を扱った際に感じた方法論的な危うさを無邪気なまでに率直に書いた論文で、論文の最後の文章に、「組織に関する質的研究がstory-telling (物語をすること、うそをつくこと[研究社 新英和大辞典第6版])を超えることは期待できない」(Miles, 1979, p.600)とまで書いてしまっているので、これでは、「社会科学研究の資金提供者(funder)が、ケース研究の新しいプロポーザルを審査するとき、どう考えるだろう?」(p.58)ということになり、まさにこの論文のタイトル通り「ケース研究の危機」(the case study crisis)ということになる。ただ、この論文はYinの考えるケース研究の正しい仕方を説明しているだけで、反論らしい反論はない。Yinはこの論文の後、1984年にケース研究の教科書(Yin, 1984)を出版している(ほぼ10年おきに改訂して、2014年には第5版が出版されている)。

 この論文の内容は、特に目新しいこともないが、面白いと思ったのは刑事(detective あるいは探偵)のアナロジーで、刑事が事件現場を見て、目撃者の証言を聞いて……と真犯人にたどり着くまでのプロセスになぞらえて説明していることだろうか。確かに似ている。ただし、厳しいいい方になるが、刑事のアナロジーで言わせてもらえば、刑事事件であれば、真犯人を捕まえてからではないと立件できないはずであるが、現存するほとんどのケース研究は、真犯人が誰かも分からぬうちに、捜査資料段階でどんどん論文として発表されてしまっている。これこそが、ケース研究の危うさの本質なのであって、これは方法論の問題ではなく、研究者の姿勢の問題である。真犯人を捕まえてから論文にまとめて発表するのが、まともな研究者のすることだと私は思う。真犯人さえきちんと捕まえていれば、方法論的にはかなりのバリエーションが許されるというのが、本来の研究の姿であろう。


《参考文献》

Miles, M. B. (1979). Qualitative data as an attractive nuisance: The problem of analysis. Administrative Science Quarterly, 24(4), 590-601.

Yin, R. K. (1984; 1994; 2003; 2009; 2014). Case study research: Design and methods. 1st ed. Beverly Hills, CA: Sage Publications; 2nd-5th eds. Thousand Oaks, CA: Sage Publications. (この他にも初版と第2版の間に、1989年にRev. ed.が出ている) (第2版の訳: 近藤公彦訳『ケース・スタディの方法』千倉書房, 1996; 新装版2011)


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