特定用途向け集積回路ASIC (application-specific integrated circuit)と内線電話システムCTI (computer telephony integration)の二つの産業を取り上げ、最初はフルカスタム製品だったものが、サプライヤー側の情報粘着性を下げる(to "unstick" the supplier-based information)方法が出てきて、カスタム化部分をユーザー側が設計するようになったと主張している。たとえばASICの場合、回路設計者のために使いやすいソフトウェアの設計ツールが登場し、さらに半導体装置の物理的デザインを理解しなくても設計できるような新しい三つのアーキテクチャ、標準セル(standard cell)、ゲートアレイ(gate array ASICs)、PLDs (programmable logic devices)が開発されたことで、情報粘着性は低下したとするのだが、確かに、表1 (p.635)によれば、開発期間は、フルカスタム>標準セル>ゲートアレイ>PLDs の順に短くすることができ、その結果として(というのがこの論文の主張)、1986年は52%だったフルカスタム製品のシェアが、1994年には20%にまで低下したことが表2 (p.636)によって示されている。
ところが、表1は同時に、逆に、チップの集積度は、フルカスタム>標準セル>ゲートアレイ>PLDs の順に低下するし、単位当りの生産コストは、フルカスタム<標準セル<ゲートアレイ<PLDs の順に高くなってしまうことも示している。つまり、この表1を素直に理解すれば、情報粘着性云々の話とは無関係に、大量に生産するのであれば、開発期間が長くかかってもフルカスタム製品にして、より高性能、低価格にするのが向いているのであり、逆に少量生産品や開発期間の制約が厳しい製品の場合には、たとえ性能や生産コストを犠牲にしても、開発期間が短くてすむ新しいアーキテクチャを選んだ方がいいということになる。実際、表2のシェアを金額に直すと、フルカスタム製品の売上は、1986年は24億ドルだったものが、1994年には27億ドルに増加しており、フルカスタム製品が減っているわけではない。
本来明らかにすべきことは、品質や生産コストをコントロールした上でも、(1)新しい三つのアーキテクチャが情報粘着性を低下させられたのかということと、(2)情報粘着性の低下が、本当に開発期間(開発コスト)の減少につながったのかということであるが、それらについては明らかにされていない。しかし直感的には、フルカスタムと同じ水準の品質や生産コストを実現するという制約条件の下では、新しい三つのアーキテクチャは情報粘着性も開発時間も減らすことはできなかったと思われる。つまり、本当は情報粘着性など無関係だったのであり、トレードオフの関係にある品質、生産コスト、開発期間の組み合わせが様々なアーキテクチャが複数存在することで、様々な条件に、より適したアーキテクチャを選択できるようになったということが本質的だったと思われる。