高橋伸夫, 大川洋史, 八田真行, 稲水伸行, 大神正道 (2009)「技術進化とコミュニティの文化変容モデル」 『経済学論集』75(3), 63-78. ダウンロード


 二つ以上の異なる文化が接触することによって、双方、もしくは一方の文化が変容するという過程を文化変容(acculturationあるいは文化触変とも訳す)と呼ぶ。比較文化心理学で有名になるBerryは、1970年代、文化変容の概念を成熟させていった。マイノリティにおける生態と個人の発達に関する研究(Berry, 1971)、西洋化に直面しているマイノリティの心理ストレス(これを「文化変容ストレス(acculturative stress)」と呼んでいた)に関する研究(Berry & Annis, 1974)を経て、最初の著作(Berry, 1976)で、マイノリティ(特にアメリカン・インディアン)が西洋文化に接した際の、自文化と西洋文化とに対する心理的傾向を表す二つの質問を軸として表1のように文化変容を4つに類型化して整理した。

表1. 文化変容の4類型
より大きな社会との
肯定的な関係が求
められるべきか?
伝統的な文化は価値が
あり保持されるべきか?
YesNo
Yes統合同化
No拒絶(分離)(失文化)
(出所) Berry (1976) p.181, Table 8.4。

 表1は分類ラベルの整理としては、実に合理的にできている。さらに分かりやすく、「伝統的文化を捨てる」ことを同化志向、「西洋社会から自己隔離する」ことを分離志向と呼ぶことにすると、「同化」とは、伝統的文化を捨て、西洋社会の中で生きていくこと、それとは対照的に、「拒絶(分離)」とは、西洋社会を拒絶し、そこから自己隔離して伝統的文化を守ること、そして「統合」とは、西洋社会の中で暮らしながら、伝統的文化も守ることになる。

 ところが、「失文化(deculturation)」の類型については、ベリー自身も明確な解釈を与えてこなかった。そこで、分離志向のレベルも同化志向のレベルも高いということを素直に理解して、高橋, 大川, 八田, 稲水, 大神 (2009)は、「失文化」の状態の例として、次のような行動・姿を挙げている。

「私はカメレオンの女。ダサいって言われて、孔雀みたいにおしゃれになって。顔が地味って言われて、インコみたいに派手な化粧になって。子供っぽいって言われて、ヒョウ柄のブランド服で着飾って。女らしくないって言われて、馬の尻尾みたいに髪の毛を伸ばして。短い方が似合うって言われて、アメリカン・ショートヘアになって。肌焼いた方がイケてるよって言われて、カラスみたいに真っ黒になって。今もう美白ブームだよって言われて、厚化粧で隠したらシマウマみたいに白黒になって。もう少しぽっちゃりの方がいいよって言われて、子豚みたいに丸ーくなって。やっぱやせてる方が好きだなって言われて、ダイエットしたら身体だけやせて胸がつるっとしちゃったりして。で、私一体、本当は何になりたいんだろう。」(女性の声で、この台詞が流れた後で、男性の「探そう」の声で締めくくられる。) (JFN(TOKYO FM系)毎週日曜日14:00〜14:55『山下達郎のJACCS CARDサンデーソングブック』で2009年第一クール(1月〜3月)で放送されていたジャックスのCM)

 要するに、周りから影響されやすく、しかもすぐに離れるので「周囲の人」が固定せず、いつも自分が何なのか分からないというストレスを抱えることになる。いわば、終わりなき「自分探しの旅」である。実は、現実の企業の中にも、こうした「失文化」になりやすい状況に置かれている人々がいる。それは、他の会社からの出向者である。完全に転職したわけではなく、いずれは元の会社に戻るかもしれない出向という形で今の会社に勤めている場合、そもそも付き合うべき周囲の人が2グループ存在し、しかも、自分は出向者であるという自覚があればあるほど、どちらにも合わせようとするだろう。そこで、高橋他(2009)は、「他の会社からの出向者は、分離志向のレベルも同化志向のレベルも高くなる傾向がある。すなわち失文化の状態になりやすい」という仮説を立て、分離志向と同化志向の測定尺度を提案し、実際に仮説を検証している。

 次のようなそれぞれ五つの質問項目を開発した。

【分離志向】
S1. 職場に新しく人が配置された場合には、自分から積極的に交わっていく方だ。
S2. 他の会社から転職して来た人と話すのは楽しい。
S3. 新卒採用よりも中途採用の方が、良い人材を採用できると思う。
S4. 職場のコミュニケーションでは、世代による壁は存在しない。
S5. 色々な経験を積んできた人からもっとたくさん学びたい。

それぞれの質問項目について、「はい」ならば1; 「いいえ」ならば0とした上で、次のように分離志向SEGREを定義した。

【分離志向】SEGRE=(1-S1)+(1-S2)+(1-S3)+(1-S4)+(1-S5)

【同化志向】
A1. うちの会社には守るべき「うちの会社らしさ」があるように思う。
A2. うちの会社のやり方よりも少しでも優れた方法を他社が採用していると思われる場合には、たとえ試行錯誤的であっても、積極的に取り入れてみるべきだと思う。
A3. 今よりももっといい仕事の仕方があるように思う。
A4. 他の会社の成功事例は参考にはなっても、自分の会社には使えないと思う。
A5. もしも上司を選べるのであれば、うちの会社の文化を体現した上司の下で働きたい。

それぞれの質問項目について、「はい」ならば1; 「いいえ」ならば0とした上で、次のように同化志向ASSIMを定義した。

【同化志向】ASSIM=(1-A1)+A2+A3+(1-A4)+(1-A5)

 二つの測定尺度SEGREとASSIMを使って、仮説を検証できれば、二つの測定尺度がそれぞれ分離志向と同化志向を反映したものになっていると考えていいはずである。そこで、高橋他(2009)では、調査対象としてA社を選んだ。A社には、親会社からの出向者が、管理職を中心に少数派として存在している。しかし、回答者に対して、出向者であるかどうかを直接質問したのでは、回答にバイアスが入る可能性がある。そこで今回の検証で着目したのが、A社の特殊事情である。実はA社では、たまたま従業員の採用を停止していた時期があり、2009年の調査時点で勤続年数5年以上10年未満の階層が、ほぼ全員、親会社からの出向組で占められている。そのため、出向者であるかどうかを問うのではなく、勤続年数を「1. 〜3年未満」「2. 3年以上〜 5年未満」「3. 5年以上〜10年未満」「4. 10年以上〜15年未満」「5. 15年以上〜20年未満」「6. 20年以上〜25年未満」「7. 25年以上」のカテゴリーの中から選ばせる通常の勤続年数に関する質問を使って、出向者を特定することができる。調査は留置法による全数調査で、回収率は99%であった。

 そこで、実際に勤続年数の階層別に分離志向SEGREと同化志向ASSIMを使ってクロス表(高橋他, 2009, p.75第5表)を作成してみた。文化変容の4類型では、分離志向SEGREと同化志向ASSIMがともに高い個人が失文化の状態にあると考えられているので、このクロス表で分離志向SEGREと同化志向ASSIMがともに3以上の部分に着目してみると、ほぼ全員が親会社からの出向組である「勤続年数5年以上10年未満」の階層では13人中5人(38%)が分離志向SEGREと同化志向ASSIMがともに3以上だった。ところが、その他の勤続年数階層では、この部分には1113人中147人(13%)しかいなかったのである。つまり、親会社からの出向者は、他の従業員と比べて、ほぼ3倍の割合で失文化の状態にあったことになる。以上のことから、仮説は検証され、出向者は失文化になりやすい傾向があると考えられる。


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