Nobeoka, K., Dyer, J. H., & Madhok, A. (2002). The influence of customer scope on supplier learning and performance in the Japanese automobile industry. Journal of International Business Studies, 33(4), 717-736. ★☆☆ 【2016年12月21日】

 日本自動車部品工業会(Japan Auto Parts Industries Association; JAPIA この論文では微妙に名称が間違っている)がオート・トレード・ジャーナルと共同編集して発行していた年鑑『日本の自動車部品工業』の1995年版に掲載されている1994年の日本の自動車部品メーカーのうち、データが完全に揃っていて、自動車メーカーへの売り上げが50%以上の部品メーカー125社を分析対象として、顧客範囲(customer scope)と売上高経常利益率の関係を調べた論文。

 顧客範囲は、主に

  1. 顧客数(number of customers): 日本の自動車メーカー7社/グループ、トヨタ・グループ、日産グループ、三菱、ホンダ、マツダ、スズキ、いすゞのうち、何社/グループと取引があるかを数えたもの。
  2. ハーフィンダル指数(Herfindahl index): 7社/グループに対する売上で計算した集中度。
で測定されている。1の顧客数も2のハーフィンダル指数も、利益率との相関はともに0.26で(Table 1; ハーフィンダル指数との相関はマイナスが抜けているのでは?)、相関は低いのだが、利益率を被説明変数にした重回帰分析を行ったところ、どちらも有意で、1の顧客数が多いほど、2の集中度が低いほど、利益率は高いという関係が見られた(Table 2)という論文。

 そのことが、論文タイトルにもあるような学習に、どうして結びつくかといえば、それはインタビュー(pp.719-721)したら、複数の顧客と取引することで知識を得たと言っていたからだというだけで、計量モデルには全く反映されておらず、検証もされていない。ただし、この点はかなり疑問である。この論文のインタビューの書きぶりからすると、

顧客範囲→能力→利益率
という関係を暗黙のうちに仮定して、「能力の向上=学習」と考えているようだ。しかし、この図式を明示した途端、多くの読者が、すぐに疑問に思うはずだ。合理的に考えて、能力が高いから新規に取引をしてくれるわけで、
顧客範囲←能力→利益率
あるいは、せいぜい
顧客範囲⇔能力→利益率
なのじゃないかと。つまり、学習が重要だという主張は、顧客範囲と利益率の間の関係は疑似相関だという主張に限りなく近い。

 実際はその逆、つまり学習は間に入らず、顧客範囲が利益率に直接影響を与えているのではないだろうか。確かに、新たな自動車メーカーとの取引を始めた部品メーカーに、その自動車メーカーに対する感想を聞くと「勉強になります」と異口同音に答えるものである。しかし、だから学習して利益が出るようになったのだろうと考えるのはいかにも拙速である。勉強になると言っていた同じ人物が、アルコールが入って打ち解けてくると、「(もともと下請けをしていた) A社はひどい。V字回復だとか言ってるけど、結局あんなの部品メーカーの利益をA社本体に付け替えているだけじゃないですか。下請けの搾取ですよ。それに比べたら今度取引を始めたB社は本当にいい会社で、適正な利益を認めてくれている」。あるいは「(もともと下請けをしていた) C社は、指導はしてくれるけど、納入価格が安いので利益はほとんど出ないんですよ。ただ、あれだけ品質にうるさいC社に収めている部品だということで、他の自動車メーカーがC社より高い値段で部品を買ってくれるようになるので、そこで利益が出るようになるんですけどね」。私には、こちらの話の方が、顧客範囲が広がれば利益率が上がる理由として、はるかに筋が通っていて、納得性が高いように思える。そして、そこには新しい取引先との学習の話は出てこない。ストレートに、

顧客範囲→利益率
という関係なのである。ここに、あえて能力を入れれば、
能力⇔顧客範囲→利益率
ということになろうか。

 なお、この論文は、本文中で引用されている文献が何本もreferencesのリストから抜け落ちていたり、p.724で明示されているAppendix 1 がなかったりと、かなりずさんな印象を受ける。査読がついていてこうなのだろうか。


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