デンマークには政府が管理する「デンマーク労働市場調査統合データベース」(デンマーク語の頭文字をとってIDA)というデータベースがあるらしい。そのデータありきの論文。すなわち、そのデータベースのデータを使って、なんとか起業に対する同僚の影響を調べられないかと工夫した論文。データベースは1980年から毎年調べられた個人のパネルデータで、この論文では1997年までの分が用いられている。
そこで登場するFigure 1がなかなか面白い。この論文では、企業ではなく事業所レベルの統計を扱っているので(脚注3)、事業所規模(establishment size)で「0〜4人」「5〜9人」「10〜24人」「25〜99人」「100人〜」に階級分けして起業家の同僚(entrepreneurial peers)が「いない」か「いた」か(多分「起業家への曝露」が0か否かで分類しているのだろう)で分けて「起業家への移行」の割合を比較しているのだが、「0〜4人」では、起業家の同僚がいると1.5%程度、いないと0.9%程度が起業家に移行していたが、事業所規模が大きくなるほど、その割合は低下し、25人以上だとその差も小さくなる。(こうした規模による違いは面白いと思ったらしく、著者の一人Sorensenは同じデータを用いて、大企業や老舗企業に勤める人は起業する傾向が低いとする論文Sorensen (2007)を書いている。)
それで、この論文では、従業員数25人以上の事業所(11%)を排除した上で、1990年から1997年まで年毎に別のデータとして扱うこととして、1,209,693件のデータに対して、「起業したかどうか」を被説明変数とし、同僚の企業経験(peer entrepreneurial experience; 多分「起業家への曝露」のことだろう)を主な説明変数とするロジスティック回帰分析を色々として、正の有意な関係があると結論している。
ということで、仮説1「起業経験のある同僚の割合が大きい職場ほど、個人の起業率は高くなる」は検証されたことになる。ただし、事業所を小規模に限定し、かつ正確には「自営」経験のある同僚を起業家と呼んでしまっているわけだから、この論文で検証できたことを素直に理解すれば、「店で働いていると、自分もいずれは独立して自分の店を持ちたいと思ったりするものだが、同僚に経験者がいれば、より現実味が増す」という程度の話であろう。それを起業家・起業家精神と呼ぶことに抵抗がなければ、この論文の主張はもっともだが、実際には、仮説を立てる部分は、いかにもベンチャーを念頭に置いたような言い回しになっていて、それだと仮説も主張もおおげさな印象になってしまう。そもそも、この論文の結論をいわゆるベンチャー企業に拡張するのは無理である。なにしろFigure 1が示したように、そもそも従業員数25人以上の事業所では、起業率に差がないのだから。