Mowery, D. C., Oxley, J. E., & Silverman, B. S. (1996). Strategic alliances and interfirm knowledge transfer. Strategic Management Journal, 17(S2), 77-91. ★★★ 【2016年5月25日】

 この論文は「戦略的提携と企業間知識移転」というタイトルの論文であり、論文の前半では、それらしき8仮説が掲げられており、要約もそれらしく書いてある。しかし、後半の実証は、企業間知識移転とはかなりかけ離れた代理指標を使って分析しているので注意がいる。なので、ここではこの論文で言えたことだけを整理する。この論文の肝は、知識移転とはほとんど何の関係もない指標「クロス引用率」(Cross-citation rate)である。ここではCCRと表記するが、次のように定義される(p.83)。

CCRij=企業iの特許で企業jの特許を引用している数/企業iの特許の総引用数

 さらに1985-86年に提携形成がピークだったので、1975年〜1994年に成立した特許を(A)「1985年以前」と(B)「1986年以降」に分けている(pp.83-84にはそう書いてあるが、脚注9によれば、(A)は1979年1月1日以降に出願し1984年12月31日までに成立した特許、(B)は1987年1月1日以降に出願し1994年12月1日までに成立した特許)。その上で、

DPCTCRCRSSij=1986年以降のCCR−1985年以前のCCR

と定義し(p.85, Table 1)、提携形成期の前後でCCRが増えたかどうかを見ようというわけである。

 ただし、この論文の分析は疑問点ばかりである。例えば、上の式でCCRがCCRijなのかCCRjiなのか記述がない(もちろん定義からも明らかなようにCCRijとCCRjiは等しくない)。手がかりを求めて記述統計(p.86, Table 2)を見ると、DPCTCRSSの平均は0.222らしいが最小値は-50で最大値は40.005だそうである。CCRの定義からして、CCRは0〜1なので、DPCTCRSSは-1〜1のはずで、これは明らかにおかしい。ということは50%という意味か・・・と思うが、だとすると、その上の類似のPCTCRSSを見ると最大値が50なので、これが50%の意味で0.5だとすると、最大値が0.5なのに平均が0.568になるわけがない。要するに何をどう計算しているのか、論文の記述におよそ整合性がない。もっとも、DPCTCRSSを被説明変数とする回帰分析は、Table 3 (p.86)によれば、統計的に有意ではないので(この表では、ずるいことに*は10%有意の意味なので、5%では有意ではない)、どうでもいいのかもしれないが。

 しかし不思議なのは、同じTable 3で、DPCTCRSSの絶対値をとったABSDSRSS (定義はp.85, Table 1)を被説明変数にすると、こっちはちゃんと提携が有意に効いているということである。つまり、提携をすると、CCRは大きく変化するということなのである。なぜだろう? そのヒントは、Table 4 (p.86)にある。Table 4はDPCTCRSSが負の値になるものを取り除いて分析したものとされるのだが(p.87)、Table 3では1650もあったケース数がTable 4では191, 147に激減するのである。つまり、9割のDPCTCRSSが負の値だったことなる。要するに、1986年以降、ほとんどの企業ペアでCCRは減るのである。しかも提携をした方が、その減り方が大きかった。このことは、この論文では無視されているが、きちんと処理された結果なのであれば、実に興味深い事実である。

 なぜなら、そもそもCCRijとは何だったのかと考えると、この事実は納得性が高いからである。実務的に言えば、特許申請時には、関連のありそうな別の特許を引用する必要がある。その引用で、特定の会社jの特許を引用している割合を表したのがCCRijである。この論文の説明はこじつけがましいが、素直にこの指標を説明すれば、CCRijが大きければ、i社はj社と同じような領域で熾烈な開発競争を展開している競合企業ということになる。つまり、CCRijは「競合度」を表している指標なのである。したがって、提携をすれば、競合度が低下するのは納得できる。その事実が示されたわけで、この論文は、著者自身も一般読者も気づいていない高い価値をもっている論文なのである。将来、CCRijを「競合度」として使用した研究が登場することを期待する。


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