Martin, X., & Salomon, R. (2003). Knowledge transfer capacity and its implications for the theory of the multinational corporation. Journal of International Business Studies, 34(4), 356-373. ★★☆ 【2020年6月17日】

 Rugman (1981)流の海外進出モデル(foreign entry model)に、暗黙性(tacitness)が大きくなるほど大きくなる(ただし海外進出モードとは独立の)資源の移転コスト(transfer cost) T*も加えて、議論している。すべてコストで考え、説明しようという立場の論文である。Figure 2 (p.365)で、資源移転能力(source transfer capability; STC)が大きくなると、移転コストT*の曲線は下方にシフトするので、(1)輸出が選択される領域は狭くなり、(2)ライセンス、(3)提携、(4)WOSが選択される領域が右に(暗黙性が大きい方へ)シフトすることが示されている。つまり、暗黙性は減らなくても、STCが大きくなれば、同様の効果がある。それ以外は、命題も9個ほど挙げられているが、特に取り上げるほどの主張はない。

 ただし、論文にははっきり書いていないし、説明もないし、おそらく、この論文の読者も(多分、著者自身も)ほとんど誰も気が付いていないと思うが、このモデルは次のような面白い含意があるので、利用価値は十分にある。

  1. 普通、海外進出モードは (1)輸出(export)、(2)ライセンス(license)、(3)提携(alliance)、(4)完全子会社(wholly owned subsidiary; WOS)という順で説明されることが多く、事実、Abstract (p.356)ではそうなっている。ところが、この論文のFigure 1 (p.362)では、暗黙性が大きくなるにしたがって、(2)ライセンス、(3)提携、(4)WOS、(1)輸出 の順で選択されると主張されているのである。輸出とWOSが並んでいて、輸出している会社は暗黙性が下がるとライセンスや提携を飛び越してWOSだと言っているところが面白い。しかも、
  2. 母国での生産コストCとホスト国での生産コストC*の差: C−C*=constant (p.359では "C=C*=constant" となっているが、前後の文脈からしてミスプリだろう)として、さらに輸出マーケティング・コストM*に含め(p.359)、M*は暗黙性に関しては定数だとしているが、Figure 1 で、このM*の直線を下方にシフトさせていくと、次のような面白い含意が得られる。
    1. M*が十分に大きいと、Aで述べた通りになる。
    2. M*が低下してくると、WOSの選択肢はなくなり、暗黙性が大きくなるにしたがい、(2)ライセンス、(3)提携、(1)輸出になる。
    3. さらにM*が低下すると、WOSも提携も選択肢ではなくなり、暗黙性が大きくなるにしたがい、(2)ライセンス、(1)輸出になる。
    4. M*が十分に小さくなると、暗黙性に関係なく、選択肢は(1)輸出のみになる。

 ということは、M*の直線を逆にdの状態の下から上方にシフトさせていくと・・・そう、生産コストの差を含めた輸出マーケティング・コストが高くなっていくにしたがって、最初は輸出しか選択肢がなかったものが、次にライセンス、その次に提携、そしてWOSと選択肢が増えていくのである。つまり、Aに挙げた、通常の海外進出モードの順番は、輸出コストが増えるにしたがって考慮されるようになる順番に並んでいたのだという説明が理論的にできる。ちなみに、Figure 3 (p.366)では、左端に「見合わせる(forgo)」が入ってる。魅力的な選択肢だが、Figure 1やFigure 2の左端に入れるには無理がある。Figure 3に入れるのも疑問である。



《参考文献》

Rugman, A. M. (1981). Inside the multinationals: The economics of internal markets. New York, NY: Columbia University Press.

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