スウェーデンの20社44のイノベーションについて調べ、35のイノベーション(Appendix 2)について回答があった(回収率80%)。この35のイノベーションについては、82回海外への移転が行われ、そのうち41回が(a)100%子会社への移転、41回が(b)合弁(12回)・ライセンス(26回)・その他(3回)に対しての移転だった。これが(a)なら1、(b)なら0の二値の被説明変数になる。説明変数としては、知識属性としての成文性(codifiability)、伝授可能性(teachability)、複雑性(complexity)の三つが中心で、それぞれ4問、5問、4問の質問(Appendix 1)の答えを各問平均0分散1に標準化して合計した構成変数として定義されている。これをロジット分析すると、100%子会社に移転することについて、成文性、伝授可能性の係数は負、複雑性の係数は正で、5%水準で有意だったという論文。
論文の前半は、Williamsonの取引コスト理論を転用し、当時の多国籍企業論で支配的だった内部化理論に対する批判で、企業の境界を決めるのは取引コスト理論でいう市場の失敗ではなく、移転過程の効率の違いなのだと自説を展開するが、後半の実証では、移転過程しか調べていないので、前半の議論とは齟齬があり、取引コスト理論よりも説明力が高いのかどうかは調べられていない。
また、35のイノベーションの82回の移転ということは、当然、一つのイノベーションが複数の移転を経験していることになり、それが(a)だけ、あるいは(b)だけだったのかについての記述がない。しかし、同じイノベーションでも(a)も(b)もあったということだと、そもそも知識属性が同じなので、知識属性には説明力がないことになる。実際、同じイノベーションなのに資本が自由化されている日本への進出では100%子会社(a)なのだが、自由化されていない中国への進出は現地での合弁企業(b)ということはよくある。つまり、常識的に考えると、100%子会社か合弁かライセンシングかは進出先の国の政策で決まることが多いのであり、それが先に決まってから、合弁やライセンシングならば知識の成文化などが進むと考えるのが自然なのではないだろうか? つまり、因果関係は逆: 企業の境界→知識属性 ではないかと思われる。仮にこの関係が立証されたとしても、取引コスト→企業の境界 の関係を否定したり、弱めたりすることにはならないので注意がいる。
細かいことだが、成文性、伝授可能性についてはクロンバックαでチェックしているが、複雑性についてはなぜかしていない。同じデータセットを使ったZander & Kogut (1995)でも同様。
Zander, U. & Kogut, B. (1995). Knowledge and the speed of the transfer and imitation of organizational capabilities: An empirical test. Organization Science, 6(1), 76-92.