Harada, T. (2003). Three steps in knowledge communication: The emergence of knowledge transformers. Research Policy, 32(10), 1737-1751. ★☆☆ 【2011年10月26日】

 研究開発組織におけるゲートキーパーの役割を再検討した論文。従来のゲートキーパー論では、情報収集(information gathering)機能と情報伝達(information transmitting)機能の2ステップのモデルが考えられていた。しかし、この論文では、在職期間が長くなると情報、特に外部情報を集めるのが難しくなる(仮説1)ので、対内的なコミュニケーション・スター(この論文ではknowledge transformerと呼ばれる)とは別の人間が、対外的コミュニケーション・スター(この論文ではboundary spanning individualと呼ばれる)の機能を担うと主張している。それにともない、コミュニケーションの流れも、2ステップに知識変換(knowledge tranforming)機能を加えた3ステップになると主張している。

 ただし、日本の中規模の工作機械メーカー1社の研究開発部門の63人の技術者(部門長以外の管理者を含む)を調べたものの、仮説1は検証できず、むしろ逆の結果となった。そこでこの論文では、やり方を変えて、63人中、対内的コミュニケーションで平均+標準偏差よりも高い値だった8人を対内的スターとし、そのうち1人しか対外的スターの条件を満たさなかったと主張するのだが……常識的に考えれば、その1人をゲートキーパーと呼ぶべきだろう。つまり、対内的スターと対外的スターは別の人間が担っていると主張できるような証拠はみつからなかったと結論すべきだったと思われる。

 この論文では、対内的コミュニケーション・スターのことをknowledge transformerと呼んでいるのだが、知識変換機能と呼ぶにふさわしい機能を本当に果たしているのかは疑問である。また記述統計を示した表1は間違っているだろう。変数(5)〜(10)だけ、なぜか相関係数行列の対角要素が表記され、しかもその値が1ではない。さらに、変数(2)外部コミュニケーションと変数(3)ユーザー・コミュニケーションは、他の変数と比べて大きな値になるので、四分位数で区切って0,1,2,3の値を与えた(p.1743)とされている(平均は1.5になるはず)のに、なぜか平均は1よりも小さい。


【Allen (1977)のゲートキーパー論を正しく理解するために、次の論文pp.3-4から抜粋しておく】
高橋伸夫・桑嶋健一・玉田正樹 (2006)「コミュニケーション競争モデルと合理性」 『経済学論集』72(3), 2-20. 東京大学経済学会. PDF

 経営学においてコミュニケーションがどのように取り扱われてきたのか、イノベーション、研究開発との関係で整理しておこう(桑嶋, 2002)。経営学でイノベーションに関する体系的な研究が始まったのは、1960年代後半のことである。当初はイノベーションの包括的な成功要因を探る「グランド・アプローチ」が一般的であったが、1970年代後半からは、イノベーションのある特定の側面に焦点を絞った「フォーカス・アプローチ」が台頭してきた。その一つが、Allen (1977)を嚆矢としたコミュニケーション研究である。

 Allen (1977) は、「コミュニケーションが研究開発のパフォーマンスを向上させる」という予想を立て、研究開発組織におけるコミュニケーションの実態調査を実施した。その結果、パフォーマンスの高いプロジェクトでは、低いものに比べて、プロジェクト内でも、プロジェクト・メンバー以外の社内同僚との間でも、コミュニケーション回数(接触量)が多いことがわかった。しかしこれはパフォーマンスの高いプロジェクトはそれだけ研究開発に多くの時間を投入しているために起こる現象で、投入時間当たりのコミュニケーション回数とパフォーマンスとの間には有意な関係は見られなかったのである。

 そこでAllenは、外部とのコミュニケーションがパフォーマンスに結びつかないのは、各研究所や組織にはその組織固有の考え方や文化、あるいは用語などがあり、その違いがセマンティック・ノイズとなり、コミュニケーションを阻害するためではないかと考えた。ここでセマンティック・ノイズ(semantic noise)とは、コミュニケーションをとっている当事者間に共通概念が欠如していることが原因となって生じる「意味上の雑音」のことであり、解釈ミスを引き起こすと考えられている。とはいえ、研究所にとっては外部からの情報は必要不可欠である。そこで、研究所における技術者集団のコミュニケーション・ネットワークを詳細に調べたところ、集団のなかには、集団内の誰とでも何らかの形で接触している「スター」的な人間がいることが明らかとなった。こうして、組織にはコミュニケーションのキーとなるスター的な人間、「ゲートキーパー」(gatekeeper)が存在し、彼らが外部の情報と接触する頻度は、他の同僚とは明らかに異なっていることが見出されたのである。ここでゲートキーパーとは、直訳すれば「門番」のことであるが、経営学では、組織や企業の境界を越えて、その内部と外部を情報面からつなぎ合わせる人間のことを指している。さらにAllenは、このゲートキーパーが、一般の技術者と比べて、高度の技術専門誌を含めた読書量が圧倒的に多いということも明らかにしたのである。よりわかりやすくいえば、ゲートキーパーは、組織内の誰とでも何らかの形で接触しているいわばスター的な存在であるとともに、組織外部との接触もきわめて多い人間だったのである。

 以上のことを整理すると、ゲートキーパーを中心とした次のような技術情報の流れが想定できる。

  1. ゲートキーパーは、外部と頻繁に接触することにより、外部情報を獲得する。
  2. ゲートキーパーは、高度な専門誌の内容をよく理解し、そうした情報を一般の技術者に分かり易いように変換し、説明する。
こうして、組織内の一般技術者は、ゲートキーパーを介することで、セマンティック・ノイズに煩わされることなく、外部の最新の技術情報を獲得できる。

 では、こうした重要な役割を果たすゲートキーパーとは具体的にどのようなプロフィールを持った人たちなのであろうか。ゲートキーパーと一般の技術者とを比較して、Allenはゲートキーパーの特徴として次の3点をあげている。

  1. ゲートキーパーは高度の技術達成者である。
  2. ゲートキーパーの大半は第一線の管理者である。
  3. 技術系の経営者は、ちょっと気をつければ誰がゲートキーパーであるかを正確に見分けることができる。
ここで注目すべきは3である。実は、Allenが詳細なコミュニケーション調査の結果としてゲートキーパーであると判断した人と、マネジメントに対して「誰がゲートキーパーですか?」と質問して返ってきた答とは、90%以上一致していたのである。Allenおよびその後の関連研究より、ゲートキーパーの存在は研究開発のパフォーマンスにプラスの影響をあたえるという結果が得られているが、経営者がこのようなゲートキーパーに報いるためには、骨をおってコミュニケーション調査まで行う必要はなく、多少組織内のコミュニケーションに敏感であればよいのである。


《参考文献》

Allen, T. J. (1977). Managing the flow of technology: Technology transfer and the dissemin ation of technological information within the R&D organization. Cambridge, MA: MIT Press.


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