多国籍企業 multinational corporations (MNCs)は、本国親会社(HQ)と現地子会社(subsidiary)のネットワークと考えられるが、この論文では、ネットワーク全体(systemic levelと呼んでいる)や2社一組(dyadic level)ではなく、現地子会社(nodal level)を対象にした調査・分析が行われる。調べたことはタイトル通り、多国籍企業内(intracorporate)の知識の流れ(knowledge flow)で、回収できた74の多国籍企業の374の現地子会社(回収率38%)の質問票調査の結果を分析している(多国籍企業の本国親会社の国籍別には米国117、日本112、欧州145)。
他の現地子会社への知識流出(KO-S: knowledge outflow to peer subsidiaries)/からの知識流入(KI-S: knowledge iutflow to peer subsidiaries)、親会社への知識流出(KO-S: knowledge outflow to parent corporation)/からの知識流入(KI-S: knowledge inflow to parent corporation)の4変数を被説明変数として、重回帰分析をしている。被説明変数はいずれも7点尺度(7-point scale)で調べた質問項目の合成変数(クロンバックαを書いているし、算術平均らしい)。
説明変数は、主に6命題(p.476)で挙げた5変数: P1送り手の知識蓄積価値、P2送り手の動機づけ傾向、P3=P4伝送チャネル、P5受け手の動機づけ傾向、P6受け手の吸収能力で、知識流出に関してはP1〜P3、知識流入に関してはP4〜P6を使っている。重回帰分析の結果がTables 2-5に示されているが、決定係数が一番高かったのは最後のTable 5のKI-Pの重回帰分析だった。
もっとも、命題や仮説はどれも、どう読んでも本国親会社と現地子会社あるいは現地子会社同士のダイアドの関係についてのものである。「dyadではなくてnodal」だと言い張っているのは、データをダイアドで集めなかったせいらしいが、だとすると、そんなデータでこの論文のダイアドな命題や仮説を検証すること自体、疑問である。
もう一つの疑問は、この論文が、宣言型ではなく手続型の知識の流れに焦点を当てている(p.474)と書いていることである。であれば、知識の流れはほとんど人材の流れと同じことになってしまう。事実、知識蓄積が複製できないもののときに知識流出が起こりやすい(p.475)という記述が典型的であるが、「知識の流れ」を「人材の流れ」と読み替えると、この論文に書いていることはすんなり頭に入ってくる(測定はそうはなっていないのかもしれないが)。実際、重回帰分析の結果(Tables 2-4)では、いずれも「日本ダミー」がすべて負になっているが、最後のTable 5 (KI-Pつまり親会社から海外子会社への知識流入)だけが有意ではなく、βも小さいので、これは一般に知られた事実、つまり日本企業では海外派遣社員が多く、米国企業(この分析でのベースライン)では極端に少ないという事実を反映しているのかもしれない。
高橋伸夫 (1998)「組織ルーチンと組織内エコロジー」『組織科学』32(2), 54-77. 要約