Ferlie, E., Fitzgerald, L., Wood, M., & Hawkins, C. (2005). The nonspread of innovations: The mediating role of professionals. Academy of Management Journal, 48(1), 117-134. ★★☆ 【2016年5月18日】

 この論文は、英国の国民健康保険(National Health Service; NHS)の依頼で行われた研究に基づいている。NHSは、実証的な根拠に基づいた医療(evidence-based medicine; EBM)にもとづく革新の普及(diffusion)に興味を持ち、EBMによる革新は、組織を超えて容易に普及するのか? しないのであれば、それはなぜか? という関心から研究が始まった(p.118)。

 この論文では、

  1. 革新の実行の利害関係(stakeholder)組織または職業集団が単独か、それとも複数か
  2. RCTs (randomized control trials)に基づく科学的根拠の強い(strong)革新か、それともまだ論争の残る(contestable)科学的根拠の弱い(weak)革新か
の2次元で下表のように2×2の4つのセルを考え、各セルで急性期医療(acute care; AC)と初期医療(primary care; PC)それぞれ1ケースずつ計8ケースが分析される(Table 2)。

   より強い科学的根拠 より弱い科学的根拠
単独利害関係者 ケース1 (AC): 整形外科手術後の低分子量ヘパリン投与
ケース3 (PC): アスピリン投与による冠動脈疾患の再発防止
ケース2 (AC): 鼠径ヘルニアの腹腔鏡手術
ケース4 (PC): 骨粗鬆症予防のホルモン補充療法
複数利害関係者 ケース5 (AC): コンピュータ支援システムによる脳卒中の血栓予防
ケース7 (PC): 多職種による糖尿病ケア
ケース6 (AC): 周産期ケアのリスク定義
ケース8 (PC): 家庭医による理学療法士の雇用

 革新の結果については、下表のように評価された(Table 3を分かりやすく改変している)。

   該当するケース 利害関係者/科学的根拠
システムを超えて拡散 ケース3 (PC): アスピリン投与による冠動脈疾患の再発防止 単独/強
有意に拡散するも論争残る ケース6 (AC): 周産期ケアのリスク定義
複数/弱
論争あるも拡散あり ケース1 (AC): 整形外科手術後の低分子量ヘパリン投与
ケース2 (AC): 鼠径ヘルニアの腹腔鏡手術
ケース7 (PC): 多職種による糖尿病ケア
単独/強
単独/弱
複数/強
孤立 ケース4 (PC): 骨粗鬆症予防のホルモン補充療法
ケース8 (PC): 家庭医による理学療法士の雇用
単独/弱
複数/弱
試験的実施 ケース5 (AC): コンピュータ支援システムによる脳卒中の血栓予防
複数/強

 この表を一見して分かるように、利害関係者の数も、科学的根拠の強弱も、革新の拡散/不拡散を説明していない。

 そこで、この論文は、両極端のケース3とケース5を比較している。どちらも抗血栓薬に関するもので、医師から看護師にルーチンを移行するもので、科学的根拠が明確だったにもかかわらず、結果は真逆になっている。ではなぜケース5では拡散しなかったのか。その不拡散(nonspread)の理由を、この論文では次の二つに求めている。

  1. 各専門家集団がもつ管轄権(jurisdiction)のような社会的境界
  2. 知識ベースの違いや研究文化の違いのような専門家集団間の認知的境界

 ただし、この最後の部分の考察を一般化することは無意味であろう。実際、利害関係者が複数であるにもかかわらず、科学的根拠が弱いのに拡散しているケース6のような場合もあるのだから。もっと多くの事例研究をしていれば、全体としての統計学的な傾向は見えてくるかもしれないが、こんなに少ない事例数では、何も見えてこない。この論文から何らかのインプリケーションを引き出そうとする努力は無駄である。

 この論文は Academy of Management JournalのBest Article Awardを2005年に受賞しているらしいので、気を遣って★★☆にしたが、本当は★☆☆だと思う。最近の経営学のジャーナルには、この論文のように、「方法論的にはきちんと調べましたが、特に面白い結果は得られませんでした」という論文が多過ぎる。正直言って、論文として発表すること自体がどうかと思う。たとえていえば、「殺人事件の捜査本部は、本日、犯行現場と思われる○○川の河川敷のうち△△橋付近をきちんと捜索しましたが、結局犯行を裏付ける証拠は見つかりませんでした」という記者発表をしているようなものである。そんな発表を記事にする新聞があるだろうか。そんなつまらない記事を載せていたら、読者は逃げて行ってしまう。それと同じことで、面白い研究成果の出ない研究者同士で、互いに傷を舐め合うようなことを続けていると、そのうち世間から見放されてしまう。そんな危機感はもたないのだろうか。不思議な人たちである。


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