クリステンセン(原著では第三著者だが邦訳では第一著者)らの本『イノベーションのDNA』(Dyer, Gregersen, & Christensen, 2011)の元になっている研究で、本のAppendix B (pp.245-247; 邦訳 付録B pp.277-279)に、この研究の内容がごく簡単に紹介されている。それまで30年間の企業家研究では、起業家と一般的企業幹部の特性に違いが見出されてこなかったので、この研究では、対象を革新的起業家(innovative entrepreneur; IE)に絞って比較して、やっぱり機会認識(opportunity recognition)の点では違いがあったと主張している。ここでの機会認識には、機会発見・機会創造も含まれる(p.318)。また、革新的起業家とは模倣的ではない起業家のことで、(a)現存企業と比べてユニークな価値を提供する新しいベンチャーの創業者で、かつ (b)ベンチャーを始めるオリジナルのアイデアを思いついた人と定義している(p.319)。
まず、革新的起業家25人(Table 1には22人しかおらず、あとの3人は書籍や記事から発言を抽出したらしい)と大企業の経営者(senior executive) 25人を対象とした半構造化インタビューを行い、革新的起業家の方により目立った次の4つの行動パターン(behavioral pattern)を特定し、これらを測定する質問項目19問(Appendix, p.338)も開発した。
2007年〜2008年に、企業幹部(managers and executives) 512人から382人のデータを集めたが、そのうち72人が137社の革新的企業を立ち上げていた(内、売上高100万ドル超で資本収益率10%超の財務的に成功していた会社は72%の99社)。この革新的新規事業数を被説明変数とし、4特性を説明変数とする負の二項回帰分析を行い、4特性がどこかで有意になるように交互作用項なども入れて工夫した結果、要するに、革新的起業家のインタビューから抽出した4特性を満たすほど、革新的新規事業を立ち上げていたという関係をなんとか示せたと結論している。ただし、Figure 1 (p.334)の因果関係は、無理やり感があって、交互作用も絡んで、4特性がどう効いていたのか釈然としない。実際、Figure 1と同じはずの本のFigure 1-1 (p.27; 邦訳 図1-1 p.31)は、因果関係の矢印の引き方が単純になり、4指標が並列して働くように変えられている。根拠は不明だが、その意味では、この論文の因果関係部分の結論は放棄されたのだろう。
本のAppendix A (pp.241-243; 邦訳 付録A pp.273-276)には、この論文のTable 1 (p.321)のインタビュー対象者リストの改訂版(?)が掲載されていて、Table 1では22人が挙げられていたが、そのうち5人は消えている(代わりに12人(革新的起業家を良く知る上級幹部4人を含む)が追加されているが)。しかし、機会認識の議論をするのであれば、たとえ後になって評判が悪くなったり、会社が破綻したりしたとしても、(本の売上にはマイナスだろうが)学問的にはリストから消すべきではない。会社が存続するためには、経営者としての力量やM&A投資家としての力量も求められるだろうが、仮に起業家にそこまで求めてしまえば、結局のところ、起業家と一般的企業幹部の違いはなくなってしまうからだ。それは過去30年間の起業家研究が明らかにしてきたことなんでしょう?
Dyer, J., Gregersen, H., & Christensen, C. M. (2011). The innovator’s DNA: Mastering the five skills of disruptive innovators. Boston, MA: Harvard Business Review Press. (櫻井祐子訳『イノベーションのDNA』翔泳社, 2012)