組織アイデンティティの最初の本格的実証研究として有名な論文である。しかし、後続研究がなかなか出てこないのは、多くの研究者が、その方法論をきちんと理解できなかったからではないかと思われる。そこで、ここでは方法論的なことを中心に整理してみよう。途中で出てくるテーマ分析とコーディングの部分は、今であれば内容分析のソフトを使えば容易に処理できるので、もっと多くの後続研究が出てきてしかるべきかと思われる。
1921年4月30日に設立されたニューヨーク・ニュージャージー港湾公社(Port Authority)は、1万人を雇用し、総資産50億ドル、年間予算10億ドルの米国最大の公共機関である。その港湾公社がホームレス問題にどう対処したかの事例研究。
データ・ソースは次の五つ
属性 | 言及した情報提供者の割合 | 時期1 1982-4 |
時期2 1985-6 |
時期3 1987 |
時期4 1988 |
時期5 1988末-9初 |
技術的専門知識を持った(社会的専門知識はない)プロ | 100% | 解釈・行為 | 感情 | |||
倫理性、利他主義、公共サービスの倫理 | 44% | 解釈・感情・行為 | ||||
質へのコミットメント | 36% | 解釈 | 解釈・感情 | 行為 | ||
地域の福祉へのコミットメント | 36% | |||||
従業員の忠誠心/従業員は家族 | 32% | 解釈 | ||||
やればできる精神 | 25% | 感情 |
この6つの属性は、この論文では「一つの組織アイデンティティの6次元」的な扱いを受けている。しかし、最初の属性を除けば他の5つに言及する情報提供者は全員どころか半数にも満たない。この論文の結果の合理的な解釈は、この組織には少なくとも6つのアイデンティティがあり、そのほとんどは全員ではなく一部の人が共有しているもので、時期によって、異なるアイデンティティが姿を現し、解釈、感情、行為を呼び起こしている、ということであろう。要するに、複数の人間が構成する組織は、多重人格者のようなものであり、時期によって異なる人格が姿を現し、それがその時の組織を支配していると考えた方が、自然である。では、そのような人格の交代がなぜ起こるのか? おそらくは、トップ・マネジメントの交代や担当者の更迭等の組織的な原因があったものと思われるが、それについては言及がない。
山城慶晃 (2016)「組織アイデンティティを用いた研究方法論―経営学輪講Dutton and Dukerich (1991)」『赤門マネジメント・レビュー』 15(12), 647-654. PDF