Dhar, R., & Nowlis, S. M. (1999). The effect of time pressure on consumer choice deferral. Journal of Consumer Research, 25(4), 369-384. ★★★ 【2015年11月11日】
【消費者行動】【時間圧力】

 この論文は、時間圧力(time pressure)が消費者の決定にどのような影響を与えるのか、五つの実験で調べたものである。ここで注目される決定は「延期の決定」(deferral decision)である。実験に使われるのは一対の二つの選択肢で、共通の特性と各選択肢にユニークな特性をもっている。ユニークな特性が、(i) 好ましいもの同士の場合、消費者は二つの選択肢の間では接近・接近葛藤、(ii) 好ましくないもの同士の場合は回避・回避葛藤が生じると心理学では考えられている(Lewin, 1935; Miller, 1944; March & Simon, 1993, ch.5 訳注3)。また、共通の特性もユニークな特性も含めて、総合的に判断して決める場合には補償型(compensatory)決定戦略、特定のユニークな特性だけを見て決める場合は非補償型(noncompensatory)決定戦略と呼んでいる。その上で、次のような仮説を立てる。

  1. 葛藤が大きければ、時間圧力があると、延期の決定が減る(仮説H1)。
  2. 時間圧力があると、共通の特性には注意を払わなくなるので、延期の決定は共通の特性の変化に鈍感になる(仮説H2)。
  3. 接近・接近葛藤の時は時間圧力があると延期の決定が減るが、回避・回避葛藤の時はあまり変化しない(仮説H3)。
  4. 時間圧力があると、非補償型決定戦略がとられやすくなり、延期の決定が減る(仮説H4)。
  5. 時間圧力があると、ブランド選択では共通の特性よりもユニークな特性に気を取られるが(仮説H5a)、店舗選択では変化しない(仮説H5b)。接近・接近葛藤では、時間圧力があると、ブランド選択では延期の決定が減るが、店舗選択では変化しない(仮説H6)。

 1〜5は、それぞれマーケティングを学ぶ学部学生を対象とした実験1〜実験5 (Study 1〜Study 5)で検証されている。仮説は一見もっともらしいし、一応、実験データも支持している。ところが、この論文の実験で調べているものは、実は「延期の決定」ではない。なんと「選択しない」(no-choice)だったのである。それが何の疑問ももたれることなく、「選択しないオプションが利用可能ならば、消費者は『延期の決定』をするに違いない」(p.369)と述べられ、それで済まされている。しかし、両者の違いは明らかである。実際、上述の仮説の「延期の決定」を「選択しない」に置き換えてみると、途端に何を言っているのか訳が分からなくなる。要するに、残念ながら、これで何が言えたのか、結局は分からない論文である。


《参考文献》

Lewin, K. (1935). A dynamic theory of personality: Selected papers (translated by D. K. Adams & K. E. Zener, trans.). New York: McGraw-Hill (相良守次, 小川隆訳『パーソナリティの力学説』岩波書店, 1957)

March, J. G., & Simon, H.A. (1993) Organizations. 2nd ed., Cambridge, MA: Blackwell. (高橋伸夫訳『オーガニゼーションズ 第2版―現代組織論の原典―』ダイヤモンド社, 2014) ★★★

Miller, N. E. (1944). Experimental studies of conflict. In J. McV. Hunt (Ed.), Personality and the behavior disorders: A handbook based on experimental and clinical research: Vol. 1 (pp.431-465). New York, NY: Ronald Press.


Readings BizSciNet

Copyright (C) 2015, 2016 Nobuo Takahashi. All rights reserved.