二人の著者は、前作(Verganti & Buganza, 2005)で、製品をリリースするまでの開発ではなく、リリース後のライフサイクル全体における開発をライフサイクル柔軟性(life-cycle flexibility; LCF)と呼んでいたが、この論文ではLCFを操作化することを目指している。この論文では、イタリアのオンライン証券業界(割安手数料)を調査対象として、第一段階で、4社の事例研究から次の3仮説を導出している。
ただし仮説はどれも怪しい。引用している人はちゃんと理解しているのだろうか? たとえば仮説2は事例研究を踏まえれば、「LCFは、アウトソーシングすることで向上する」と読み替えるべきであろう。「オープンで標準的」ではない例として挙げられているDirecta SIM社は、当時の標準的なシステム構成からすると、コンピュータにSunのSolaris (Unix系OS)を搭載して、それにオープンソースのGNUのツール・ソフトをべたべた張り付けた上にオラクルのデータベース・ソフトを載せて走らせているもので、常識的にはオープンで標準的なのではないかと思われる。どうも、そこが肝なのではなく、自前で作ってしまうと、後で直すのが大変だよということらしく、例に挙げられているFineco社のように、ベンダー(ここではTibco社)が作ったソフト製品を導入した方が柔軟性があると言っているだけである。
第2段階では、29社に質問票を送って、19社から回答があったという(回収率66%)。仮説1に関連してTable 1、仮説2に関連してTable 2、仮説3に関連してTable 3の三つの因子分析をやっている(主成分分析らしいが、その後でクロンバックαを調べているところを見ると、0.5未満の係数の変数は指標から除くらしい)。固有値が1以上の因子として次の五つを抽出している。
因子 | LCFの3次元 | |||
---|---|---|---|---|
適応の頻度 | 適応の速さ | 適応の質 | ||
仮説1 | 裏(メンテナンス)の技術的能力 | + | + | |
表(ユーザ・インターフェース)の技術的能力 | + | |||
仮説2 | 技術のオープン性と標準化 | + | ||
仮説3 | NSDの手続きの公式化 | + (Figure 2) | + | |
NSDプロジェクト組織の公式化 | + | + |
Figure 2に示されたもの以外の14通りについては結果のみが表示されている。ただし、このFigure 2を見ると、要するに「適応の頻度が高いと高業績」ということが分かるだけで(もっとも、ここで言っている高業績とは3次元の値が高いことなので、当たり前)、肝心の「NSDの手続きの公式化」と「適応の頻度」の間に関係があるようには見えない。1枚だけ出している自信作(?)がこんな有様なので、あとは推して知るべし。とても信用できない。全部見せてくれないと。
もっとも、そんなことは些細なことかもしれない。この論文の主張は、リリース後に、頻繁に手を加える(LCF)のが望ましいということなのだが、本当にそうなのだろうか。最初に完成度の高いものをリリースして、しばらくはバージョン・アップ不要というのが、本当の意味で高品質なのではないだろうか。なにか錯覚しているのでは。たとえばこんな昔話: 愛用のマックがよく壊れ、それでも毎度すぐに修理してくれると、さすがアップルはアフターサービスがいいと感心し、周りに自慢している人に、友人が発した素朴な一言「日本製のパソコンって、そもそも、これまで壊れたことがないんだけど」。
《参考文献》
Verganti, R., & Buganza, T. (2005). Design inertia: Designing for life-cycle flexibility in internet-based services. Journal of Product Innovation Management, 22(3), 223-237.