組織市民行動(organizational citizenship behavior; OCB)とは、1980年代にOrgan らが提唱したもので、「自由裁量的で、公式の報酬体系では直接的・明示的には認識されない個人的行動で、全体として組織の効果的機能を増進する」(Organ, 1988, p.4)と定義されている。日本とは違って、職務記述書を基にした契約社会で、そんな役割以上の行動を自発的にとるとは見上げたものだが、不思議なことでもあり、それ故、それにOCBと名前をつけたということだろう。一般的には、素晴らしいことだとポジティブにとらえられている。
それに対して、この論文でBolinoは、斜に構えた皮肉な見方を提示する。つまり、OCBは印象管理(impression management)つまり他者(特に上司)に好印象をもってもらうためにやっているのではないか、というのである。であれば、それはもうOCBの定義からは外れてしまっているだろうが、とつっこみたくもなる。言い換えれば、そもそもOCBの存在を信じていないのだ。悲しい人だと思うが、職務の範囲内か範囲外のOCBかにかかわらず、アピールしないと評価してもらえないという企業文化のもとでは、いたしかたないか。そんな人々の世界には、定義通りの本物のOCBなんて、最初から存在していなかったのかもしれない。
それとは対照的に、そもそも職務記述があいまいで、比較的固定給的だと揶揄される日本企業では、OCBは当たり前の存在だった。それ故、かえってOCB研究が盛り上がらなかったともいわれる。ただし、安心してもいられない。たとえば、かつて品質管理のQCサークルは自発的に時間外に無報酬で行われる(なのでOCB)のが当たり前だったが、いまや非正規社員が増え、時給を支払わないと成り立たなくなっているとも言われる。こうなると、もはやOCBではない。一昔前、先輩経営学者が「今、大事なことは、good citizenとして、いかに行動するかということなんですよ」と説くのを聞いて、格好いいこと言うなと思ったものだが、それを「格好いい」と思える人々の世界で、OCBは知る人ぞ知る存在として、ひそかに息づいているものなのだろう。
Organ, D. W. (1988). Organizational citizenship behavior: The good soldier syndrome. Lexington, MA: Lexington Books.