簡単に言うと、企業の革新が成功するかどうかは周りの企業に負うところが大きい、ということを実証しようとした論文らしい。扱っているのは、(a)半導体の光露光装置メーカー(焦点企業)と、(b)それにレンズや光源を供給する部品メーカーと、(c)顧客にマスクやレジストを供給する補完材メーカーで、この論文では(a)(b)(c)の全体を「エコシステム」(ecosystem)と呼んでいる。
ただ、肝心の分析対象のデータが何なのかがよく分からない。そもそも一つ一つのオブザーベーションはどんなデータなのか。論文中の記述(p.320)によると、VLSI Research社から、1974年〜2005年に半導体の光露光装置を販売したことのあるメーカー33社の32年分のパネル・データをもらってきて、64の「企業・技術世代」(firm-technology generations)グループを作ったらしく、各グループは平均10.4オブザーベーションだったらしい(だとすると全体で10.4×64=665.6のはずだが、Table 4では676オブザーベーションあったことになっていて、数が一致しないが)。
それに『Solid State Technology』誌の1961年から2001年のエコシステムの革新課題に関する記事を検索して、新世代登場後5年以内の
仮説3にしても、そもそもレンズを内製していたのはニコンとキヤノンくらいだろう。当初2社で80%くらいのシェアがあったのが、その後低下したという事実を反映しているだけで、元々両社ともカメラ・メーカーでレンズを作っていたわけだから、それを「d垂直的統合」とはいわないだろう。議論のすり替えも甚だしい。
この論文は不誠実の印象を免れない。このほかにも、Figure 2の縦軸と横軸は入れ替えないと本文中の記述(pp.310-311)と合わなかったり、Table 1の9世代 (特に電子ビームとX線をそれぞれ世代と呼んで市場シェアを考えること自体)がどう考えても非現実的だったりする。半導体の光露光装置の進歩については、田口・高橋(2010)に分かりやすい解説があり、それを読めば、実際に技術革新が起きた時に、何が起こっていたのかがもっとはっきりと分かるだろう。そこで「エコシステム」に説明力があったとは、到底思えない。Henderson (1995)の社会構築主義的な臭いのぷんぷんする記述に悪影響を受けたのだろうか。
田口洋, 高橋伸夫(2010)「半導体光露光装置は技術的限界を乗り越えたのか?―経営学輪講 Henderson (1995)」『赤門マネジメント・レビュー』9(8), pp.599-606. PDF
Henderson, R. (1995). Of life cycles real and imaginary: The unexpectedly long old age of optical lithography. Research Policy, 24(4), 631-643. ★★★