Adner, R., & Kapoor, R. (2010). Value creation in innovation ecosystems: How the structure of technological interdependence affects firm performance in new technology generations. Strategic Management Journal, 31(3), 306-333. ★☆☆ 【2017年5月10日】

 簡単に言うと、企業の革新が成功するかどうかは周りの企業に負うところが大きい、ということを実証しようとした論文らしい。扱っているのは、(a)半導体の光露光装置メーカー(焦点企業)と、(b)それにレンズや光源を供給する部品メーカーと、(c)顧客にマスクやレジストを供給する補完材メーカーで、この論文では(a)(b)(c)の全体を「エコシステム」(ecosystem)と呼んでいる。

 ただ、肝心の分析対象のデータが何なのかがよく分からない。そもそも一つ一つのオブザーベーションはどんなデータなのか。論文中の記述(p.320)によると、VLSI Research社から、1974年〜2005年に半導体の光露光装置を販売したことのあるメーカー33社の32年分のパネル・データをもらってきて、64の「企業・技術世代」(firm-technology generations)グループを作ったらしく、各グループは平均10.4オブザーベーションだったらしい(だとすると全体で10.4×64=665.6のはずだが、Table 4では676オブザーベーションあったことになっていて、数が一致しないが)。

 それに『Solid State Technology』誌の1961年から2001年のエコシステムの革新課題に関する記事を検索して、新世代登場後5年以内の

  1. 「部品難題」(component challenge):当該世代のレンズと光源に関する技術的記事の数
  2. 「補完財難題」(complement challenge): 当該世代のマスクとレジストに関する技術的記事の数
  3. さらに、
  4. 「技術リーダーシップ」(technology leadership): 当該世代に最初に参入した企業は1、それ以降は、それから遅れた年数
  5. 「垂直的統合」: レンズを内製していれば1
  6. 「技術成熟」: 当該世代の製品が最初に売れた時からの年数
を説明変数とし、その会社の「世代シェア」(=その年の当該世代製品における市場シェア)を被説明変数として分析して(Table 4)、p.325で
  1. 「a部品難題」×「c技術リーダーシップ」の交互作用が負で有意だったので、部品難題が大きいほど、技術リーダーの優位性が高まる(仮説1)。
  2. 「b補完財難題」×「c技術リーダーシップ」の交互作用が正で有意だったので、補完財難題が大きいほど、技術リーダーの優位性が低下する(仮説2)。
  3. 「d垂直的統合」×「e技術成熟」の交互作用が正で有意だったので、垂直的統合の優位性は、技術が成熟するほど低下する(仮説3)。
と仮説が検証されたと主張している。が、焦点企業をいつの間にか仮説1、2の中で「技術リーダー」(technology leader)と言い換えていき、さらに検証の際には参入時期が早い「技術リーダーシップ」に話をすり替えていて、全くナンセンスである。仮説1、2の検証になっていない。そもそも、仮説1、2を検証するのであれば、「a部品難題」と「b補完財難題」の効果を見ればいいのであって、交互作用を見なくてはならない理由がない。残念ながらそれだとTable 4のModel 1で思うような結果が出なかった(後者ではむしろ逆の結果)になってしまうので、無理矢理話をすり替えたとしか思えない。だいたい技術的記事が多いことは、記事にできるほどの進歩が多かったということを意味しているだけで、それが難題だったということの代理変数にはならないのではないだろうか。

 仮説3にしても、そもそもレンズを内製していたのはニコンとキヤノンくらいだろう。当初2社で80%くらいのシェアがあったのが、その後低下したという事実を反映しているだけで、元々両社ともカメラ・メーカーでレンズを作っていたわけだから、それを「d垂直的統合」とはいわないだろう。議論のすり替えも甚だしい。

 この論文は不誠実の印象を免れない。このほかにも、Figure 2の縦軸と横軸は入れ替えないと本文中の記述(pp.310-311)と合わなかったり、Table 1の9世代 (特に電子ビームとX線をそれぞれ世代と呼んで市場シェアを考えること自体)がどう考えても非現実的だったりする。半導体の光露光装置の進歩については、田口・高橋(2010)に分かりやすい解説があり、それを読めば、実際に技術革新が起きた時に、何が起こっていたのかがもっとはっきりと分かるだろう。そこで「エコシステム」に説明力があったとは、到底思えない。Henderson (1995)の社会構築主義的な臭いのぷんぷんする記述に悪影響を受けたのだろうか。


《参考文献》

田口洋, 高橋伸夫(2010)「半導体光露光装置は技術的限界を乗り越えたのか?―経営学輪講 Henderson (1995)」『赤門マネジメント・レビュー』9(8), pp.599-606. PDF

Henderson, R. (1995). Of life cycles real and imaginary: The unexpectedly long old age of optical lithography. Research Policy, 24(4), 631-643. ★★★


Readings BizSciNet

Copyright (C) 2017 Nobuo Takahashi. All rights reserved.