一流の大企業にも寿命があるといわれる。かつて「会社の寿命30年説」を唱えた本もあった。昨今の経済環境を考えれば、大企業にも寿命があるということ自体に、異議を唱える人はもはやいないだろう。
しかし、会社に寿命があること自体は、実は、たいした問題ではない。論理的に考えれば、寿命の長さこそが大問題なのである。仮に会社の寿命30年説が本当だとすれば、新卒で大企業に就職しても、幸せに定年まで勤めあげられる人は超幸運としか言いようがない。なにしろ就職した時には、もう既に会社は何十歳かになってしまっているわけだから。おそらく、自分が中堅社員と呼ばれる前に、会社はなくなってしまうことになる。ところが、たとえば会社の寿命が300年程度もあれば、われわれは少なくとも自分が生きている間には、会社の寿命をほとんど心配する必要はなくなってしまう。
もっとも会社の寿命30年説はかなり荒っぽい議論なので、実際には30年よりもずっと寿命は長そうだということも言われてきた。1997年、破綻騒ぎであれだけ世間を驚かせた北海道拓殖銀行にしても、山一証券にしても、実は寿命自体はどちらも約100年もあったのである。学問的に、あるいは科学的に、会社の寿命は、一体何年程度になるのだろうか?こんな簡単な問いに対しても、経営学は今までまともな答を与えようとすらしてこなかったのである。
たとえそうだとしても、寿命が何年であれ、結局は数十年の歳月のうちには産業の栄枯盛衰があり、それぞれの時代のニーズに合った事業を主力事業として育てるのに成功した企業のみが歴史を生き抜いて来たことに違いはないではないか、という反論も出てくるかもしれない。だから会社が生き残るには、本業にばかりしがみついていないで、多角化することこそが肝要なのだということも定説のように言われてきた。ところが、実際には、多角化戦略の最先端を行くものとして、かつてあれほどまでに注目されたコングロマリットは、いまや見る影すらないのである。
つまり、少なくとも1970年代以降、なんとなくもっともらしいアナロジーに頼った感覚的な主張が繰り返されてきたが、会社や組織の「寿命」と「多角化」、より一般的に表現すれば、「生存」と「多様性」といった概念をまともに取り上げ、論理的、科学的に考察することが、いまこそ経営学にとって必要なのである。そのために必要な手法やアプローチは、実は経営学の分野で導入が遅れているだけで、既にかなり整備されてきている。例えば、本書で多くの論文が言及しているエコロジカル・アプローチは、もともと社会学の分野で発達してきたものであるが、いまや十分に経営学分野でも利用可能なほどに成熟してきている。また、イベント・ヒストリー分析(生存時間解析)の手法も、なぜか経営学分野ではこれまでほとんど使用例がなかったが、本書でもいくつかの論文が実際に用いているように、非常に使い勝手のいい分析手法として、既に確立されている。
本書は、経営学における「寿命」「多角化」さらに一般化して「生存」「多様性」といった概念・現象をこうしたアプローチや手法を意識しつつ、多角的に論じた論文集である。第1章では序説として、経営学で「寿命」や「多角化」が注目されるようになった経緯を紹介すると共に、本書全体のストーリーと主張を簡潔に整理しておいた。
本書の前半部では、まず第2章・第3章でこうしたアプローチや手法を解説した上で、第4章・第5章でこれを全面的に採用して、主に生存の問題を考察している。その結果、日本企業では、合併によって寿命が伸びる現象が見られるものの、それは、ほとんど同業種間の合併であり、多角化によって寿命が伸びたわけではなかったことが示される(第4章)。また系列では、淘汰によって多様性を減少させながら、系列全体の能力と生存可能性を高めていたこともわかった(第5章)。つまり企業戦略レベルでは、多様性を高めることで生存可能性が高まるという主張は疑わしいのである。
第6章〜第8章では、組織論の様々な領域から多様性の問題にアプローチして、組織内の多様性が増すことで、組織のパフォーマンスが向上すると考えられる実証的な結果が得られている。例えば、合議決定の実験では、参加者が増えるほど環境変化への感応性が良くなるし(第6章)、研究開発チームではメンバーの多様性がチームとしての独創性に結びついたこともわかっている(第7章)。また、それ自体では効力が乏しい組織文化も、組織内地図として各メンバーのレベルで消化され、多様に加工されることで、はじめて学習活動に結びつくことも実証的にわかってきたのである(第8章)。
このように実証研究によって、多様性についての正負両面が見出される中で、実際に生き残ってきた企業は、一体どのようにして多様性と付き合ってきたのだろうか。そこで第9章・第10章は「多様性」と「生存」のギャップを実際の経営的な観点から埋めることに当てられる。企業が、ビジネス・チャンスを生かして成長し、新しい資源、新しい活動分野が増加することで多様性が増大してくると、次には、これらを調整・評価・計画するための組織づくりをタイムリーに行わなければ生き残ることはできない。組織内の多様性を生かす一方で、企業戦略レベルでの多様性増大に抗する組織づくりを行うという二重のプロセスは、実際にはやや時間差を伴って発生することが多い。企業が生存し続けるために一番大切なことは、その間に訪れる危機的状況に対処して、どのようにそれを乗り切るかである。そこにはきわめて人間臭い要素が含まれており、危機的状況を乗り切るためには、どんな形であれ、未来への見通しが存在していることが必要になるはずなのである (第9章・第10章)。