Fayol, H. (1917). Administration industrielle et generale. Paris: Dunod.
邦訳, H.ファヨール (1972)『産業ならびに一般の管理』(佐々木恒男 訳). 未来社.
高橋(2016) 第6章から一部を抜粋して解説】


 経営管理論の始祖として知られるアンリ・ファヨール(Henri Fayol; 1841-1925; フランス人の発音だと「オンリ・ファヨル」に近い)は、1888年から1918年まで、30年にわたって当時のフランスの大企業であるコマントリ・フルシャンボー・ドゥカズヴィル鉱山会社(La Societe de Commentry-Fourchambault et Decazeville)、通称、コマンボール社(La Societe Comambault)の取締役社長を勤めた専門経営者であった。ファヨールは危機に直面していた同社を立ち直らせ、社長在任中の1916年に、"Administration Industrielle et Generale," Bulletin de la Societe de l'Industrie Minerale, 3゚ livraison de 1916 (『鉱業協会会報』1916年度第3分冊)を発表した。それは、1917年には出版社Dunod et Pinatから同名の書物の形で出版されている(1979年にDunodからPierre Morin版が出され、その奥付には1918年とあるが、出版年については、佐々木(1984, p.244)にしたがった)。これが経営管理論の最初の書物といわれる『産業ならびに一般の管理』である。

 専門経営者であるファヨールは社長在任中に、(a)減資、増資、社債発行によって資金を調達し、(b)企業を合併・買収し、(c)不採算部門は事業分割して売却し、(d)研究開発による多角化を行なう、という現代でも行われている財務、合併・買収、事業分割、多角化を駆使して、コマンボール社を文字どおり再生させた。こうした華やかな経営者としての活躍の末に到達したのが、経営管理論の最初の書物といわれる『産業ならびに一般の管理』だったのである。それでは『産業ならびに一般の管理』には何が書かれていたのだろうか。実は、財務、合併・買収、事業分割、多角化については書かれていない。まさに「組織」について書かれた書物だったのである。

 ファヨール(Fayol, 1917)によると、大規模・小規模にかかわらず、工業・商業・政治・宗教・その他にかかわらず、すべての事業の経営において、管理は非常に重要な役割を果たす。そこでこの管理の役割が遂行される方法について述べるために『産業ならびに一般の管理』(Fayol, 1917)が書かれるのである。この書物の内容を整理しておこう。

管理的職能

 管理的職能が上級責任者の任務の中で極めて大きい位置を占めることになるので、時として上級責任者の任務はもっぱら管理的なものと思われがちだが、しかし、管理(administration)と経営(gouvernement)は違うものである。「経営すること」とは、企業が自由に処分するすべての資産から可能な最大の利益を引き出す目的のために次の六つの本質的な職能の運びを確かなものにすることであり、管理はこの六つの職能のうちの一つなのである。

  1. 技術的職能(生産、製造、加工)
  2. 商業的職能(購買、販売、交換)
  3. 財務的職能(資本の調達と管理)
  4. 保全的職能(財産と従業員の保護)
  5. 会計的職能(財産目録、貸借対照表、原価、統計、など)
  6. 管理的職能(予測、組織、命令、調整、統制)

 より正確には、企業の活動はこのような6グループつまり職能に分類できるとされている。このうち、1〜5の五つの職能はいずれも、企業活動の全般的な計画を作成し、社会体(corps social)を構成し、努力を調整し、活動を調和させるという仕事を担当するものではない。そして、これらの仕事は普通われわれが管理(administration)と呼び、きちんと定義されてこなかった、もう一つの職能6を構成する。管理の担当する仕事である従業員の採用・養成、社会体の構成は命令とも高度に関係していることもあり、命令も管理的職能に加えよう。つまり、「管理する」(administrer)とは、予測し、組織し、命令し、調整し、統制することであり、

  1. 予測する(prevoir)とは、将来を吟味し、活動計画を作成することである。
  2. 組織する(organiser)とは、企業の物的ならびに社会的な二重の組織を構成することである。
  3. 命令する(commander)とは、従業員を機能させることである。
  4. 調整する(coordonner)とは、あらゆる活動とすべての努力を一元化し、調和させることである。
  5. 統制する(controler)とは、すべての事柄が確立された規準と与えられた命令とにしたがって行われるように注意することである。

 管理的職能はその他の五つの職能とははっきり区別される。その他の職能が材料と機械に働きかけるのに対して、管理職能は従業員に働きかけるだけである。

管理の原則

 次にファヨールは自分がもっともよく用いた管理の一般原則として次の14を挙げている。

  1. 分業
  2. 権限-責任
  3. 規律(企業とその担当者(agent)との間で確立された約定に応じて実現された敬意の外的な兆候である服従・精励・活動・態度)
  4. 命令の一元性(任意の活動について1担当者(agent)はただ1人の責任者(chef)からしか命令を受け取ってはならない)
  5. 指揮の一元性(同一目的の作業全体にはただ一人の責任者とただ一つの計画)
  6. 個人的利益の全体的利益への従属
  7. 報酬
  8. 権限の集中(集権と分権)
  9. 階層組織(上位権限者から下位の担当者に至る責任者の系列)
  10. 秩序(適材適所と適所適材)
  11. 公正(従業員を取り扱う際の好意と確立された約定の実現によりもたらされる)
  12. 従業員の安定(担当者が新しい職務に精通し、よく遂行するようになるには時間が必要である)
  13. イニシアティブ(計画を立案し成功させることは最高の満足の一つなので、計画を立案し、提案し、実行する可能性と自由)
  14. 従業員の団結

 わかりにくいものについては( )内に補足説明をつけたが、4, 5を除けばいずれも「……すべきである」というような表現にはなっていない。むしろ「……には気をつけて、その程度をうまく定めなさい」という表現であり、管理の「チェック・ポイント」とでも言った方がイメージ的にぴったりくる。実はそもそもファヨールは、社会体の健康的で良い機能状態はある条件に依存しており、それを一般的にはほとんど区別せずに原則、法則、基準と呼んできたが、管理の問題は程度の問題であり、多様で変わりやすい状況や人間その他の多くの可変的な要素を考慮に入れる必要があるので、原則(principes)という用語を使うのだと述べている(Fayol, 1917, p.19 邦訳p.41)。つまりもともとファヨールの「原則」は、われわれのいう原則ではなく、チェック・ポイントの意味だったのである。

組織の管理

 以上がファヨールの主張の主要部分の要約である。しかし、これだけでもファヨールの関心が、企業活動の全般的な計画を作成し、従業員を採用・養成し、社会体を構成し、努力を調整し、活動を調和させるという管理的職能にあり、しかもその他の五つの職能が材料と機械に働きかけるのに対して、管理的職能は従業員に働きかけるだけであるというように、人間の組織の管理を明確に意識していたことがわかる。そのことは「原則」と呼ばれる考慮すべきチェック・ポイントがいずれも従業員とそれが構成する組織に関するものであることを見てもよくわかる。実は1〜5の職能には、現代風にいうところの採用・能力開発・人事・労務といった職能は含まれていないのである。それら組織編成に関する活動はすべて6の管理的職能にグルーピングされている。専門経営者であるファヨールが、(a)減資、増資、社債発行によって資金を調達し、(b)企業を合併・買収し、(c)不採算部門は事業分割して売却し、(d)研究開発による多角化を行ない、コマンボール社を文字どおり再生させることに成功するという輝かしい経営活動の中で、すべての事業の経営において重要な役割を果たすと考えていた管理的職能の管理とは「組織」の管理だったのである。

 ところで、ファヨールは管理を教育することの必要性を説き、それができないのは公に認められた管理の教理がないからであると主張した(Fayol, 1917, p.15 邦訳p.35)。ファヨールの考えたような経営管理論は、やがて米国で急速に普及し、より教科書的に整理されて経営学教育に用いられるようになる。考慮すべきチェック・ポイントのような存在だった「原則」は、文字通りの原則として記述され、どんどんとその数を増やしていった。最初は列挙されていただけだった管理的職能の諸要素も、1950年代には、順序があり、繰り返されるものだとして「管理サイクル」に抽象的に図式化されるようになった。「計画(plan)→実施(do)→点検・統制(see)」の循環の管理サイクルあるいは「計画(plan)→実施(do)→点検(check)→処置(act)」のPDCAサイクルである。こうしてできた管理過程論または管理過程学派(management process school)は、1950年代までは、経営管理論といえばこの管理過程論を想起させるほどの影響力をもっていたのである(ただし、管理過程論・管理過程学派という名称が使われるようになったのは1960年代からである)。


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