Muth, J. F. (1986). Search theory and the manufacturing progress function. Management Science, 32(8), 948-962. ★★★

 どうして学習曲線(進歩関数ともいう)が対数線形型の形状(両対数グラフで描くと直線になる)をとるのかについて、その理論的基礎を明らかにする画期的な研究が、合理的期待形成理論の父としても知られるMuth (1986)によって発表された。ここでは高橋(2001)を基に紹介しておこう。Muth (1986)によれば、進歩関数については、次のような性質・現象が分かってきている。

  1. n 番目の製品にかかる労働時間または製造コスト c との関係をプロットした曲線が、c =anb で表される冪関数(power function)の形で近似できる対数線形性
  2. 初期凹性(initial concavity)
  3. 改善の不規則性(irregularity of improvement)
  4. 高原効果(plateau effect)

 そこでMuth (1986)は、探索理論の立場から、こうした学習曲線の形状の理論的根拠を明らかにしている。高橋(2001)ではまず、Muth (1986)には存在しないが、説明を簡単にするために、Muth (1986)のモデルの一部を修正して、(a)対数線形型の基本モデルを考える。これは、技術的代替案の母集団からの無作為探索(random search)を行うことで、より低コストの技術を採用していくという単純なモデルで、対数線形型学習曲線が生じる。さらにその基本モデルをMuth (1986)流に拡張することによって(b)初期凹性も説明できることを示す。(c)(d)についても探索理論の観点から説明ができる。

(a)対数線形型の基本モデル

 ここでの基本的なモデルは、次の仮定に基づいている。

仮定1. 製造コストの低減は、技術的(あるいは経営的、行動的)代替案の母集団からの独立な無作為抽出つまり無作為探索によって、より低コストで済む技術的代替案が発見された場合に生起する。

仮定2. 探索は生産活動によって促される。つまり、技術的代替案の母集団から無作為抽出された標本の大きさ n は累積生産量 y に比例する。このとき、i 番目の技術的代替案の抽出は第 i 期に行われたものとし、期数 i は累積生産量 y に比例して増大するものとする。

仮定3. 製造プロセスは一つかそれ以上の製造作業(operation)から構成されている。各製造作業において、技術的代替案に関する探索が独立に行われ、より低コストの技術的代替案が発見されたならば、即座に採用され、次の期には効果を現し、コスト低減が達成される。(下線部がMuthモデルからの修正部分である)

 そこで、労働時間または製造コスト xn とどのような関係にあるのかを考えてみよう。いま、ある作業について、第 n−1期までに累積生産量に比例して n−1個の技術的代替案が探索されたとしよう。そのうち第 i 期に探索された技術的代替案による製造コストを確率変数 X(i) で表す。このとき第 n 期に可能となる最小製造コストを確率変数 Xn で表すことにすると、これは直前の第 n−1期までに探索された n−1個の独立同分布の確率変数 X(i), i=1,..., n−1 のうちの最小値で表わされることになる。つまり各確率変数 X(i), i=1,..., n−1 の分布関数を F(x)で表わすと、Xn の分布関数 Gn(x) は、

Gn(x)=Pr{Xnx}
  =1−Pr{Xn>x}
  =1−Pr{X(1)>x , X(2)>x , ..., X(n-1)>x}
  =1−(Pr{X>x})n-1
  =1−(1−F(x))n-1

となる。もし確率分布が区間 [0, 1] の一様分布ならば、F(x)=x
  Gn(x)=1−(1−x)n-1
したがって、
  E(Xn)=1/nn-1
となる。このとき両対数グラフで第2期以降の製造コストの期待値をプロットすると、完全に直線上にのることになる。この場合は進歩率、学習率ともに50%の学習曲線を描くことになる。第1期については、まだ技術的代替案の探索の結果は現れておらず、コストは最大の状態であると考え、初期状態は分布の上限 X(1)=1 であると仮定するならば、完全に同じ直線上にのることになる。そこで、次の命題が得られる。

命題1. いま、ある製品の生産活動が十分多くの作業に分割されていると仮定すると、 

  1. 個々の作業で、より低い製造コストで済む技術的代替案が無作為探索されるとき、その探索回数が累積生産量に比例して増大するならば、その製品の単位あたり製造コストは累積生産量の冪関数で表される。
  2. 個々の作業で、あるパフォーマンス z を向上させる技術的代替案が無作為探索されるとき、その探索回数が、ある変数 y に比例して増大するならば、zy の冪関数で表される。

 以上のことから、まず(i)では、このモデルによって、進歩関数が冪関数の形になることが説明できたことになる。しかも進歩関数が冪関数になるための条件も明らかになった。そして(ii)からは、製造コストに限らず、各種のパフォーマンスが、一体どのような変数との間で冪関数の関係を示すことになるのかを、これらの条件に照らして探すことが出来るようになる。 さらに上述の基本モデルを若干拡張することで、進歩関数の次のような性質も説明することができる。

(b)初期凹性(initial concavity)

 既存研究の中には、製造開始の初期の頃に下向きに凹になる傾向をもったデータが見つかることがある。正確には、f(n)=anb ではなく、f(n)=a(nk)b のようになる (b<0) といわれている。この k (k>0) の部分は、(a)基本モデルの仮定2で、最初の製品を作る前に、既に類似の製品での経験や事前計画という形で探索が始まっていることを許せば、その事前の探索を表していると説明することができる。

 実はMuth (1986)のオリジナルのモデルでは、このように第1期で既に技術的代替案の探索の成果が現れるということを仮定していたので、確率変数 Xnn−1 個ではなく、n 個の独立同分布の確率変数 X(i), i=1,..., n のうちの最小値で表わされることになっていた。もし確率分布が区間 [0, 1] の一様分布ならば、
  Gn(x)=1−(1−x)n
したがって、
  E(Xn)=1/(n+1)=(n+1)-1
ということになる。これは、両対数グラフでは初期凹性のある曲線となる。n が大きくなれば、大標本理論で、F(x)=cxk のタイプの分布関数(k=1 のときは一様分布になる)のとき、進歩関数は冪関数の形になることが知られており、ほぼ直線になる。

(c)改善の不規則性(irregularity of improvement)

 既存研究の中には、改善が突然不連続に進行する現象がみられる。これについては、基本的には技術的代替案の発見のプロセスがランダムであることから説明ができる。特に製造プロセスを構成する作業数が少ない時には、全体の進歩関数は滑らかさを失い、個々の作業に関する階段状の進歩関数の痕跡が残るので、改善はより不連続に見えることになる。作業数が多い場合には、本質的には不連続な改善であっても、見た目には限りなく連続しているように見えるようになってしまうが、(a)基本モデルの仮定3の「即座の採用」を拡張すればこうした現象を説明できる。実際、機械に耐久性があることや生産停止の機会費用がかかることから、より低コストの技術が発見されたとしても即座には採用されず、いくつか貯めておいて一度に多くの変更を行っていることも現実の不連続性に影響していると考えられる。つまり即座に採用するのではなく、仮定3で技術的代替案が一定期間ごとあるいは一定額ごとにまとめて採用されることを許すように拡張すると、作業数が多い場合にも、改善の不連続性が明示的に現れるようになる。

(d)高原効果(plateau effect)

 既存研究の中には、生産が追加されても、ついには改善が全く見られなくなる現象が時々みられる。高原状態(plateauing)と呼ばれるこの現象も、Muth (1986)によれば、(a)基本モデルの仮定2で、製造を続けていても技術的代替案の探索を停止して構わないというように拡張すれば、仕事探索(job search)の理論と類似のモデルで説明できる。すなわち、探索コストを考えれば、いつかは探索することによって得られる期待利得が探索コストを下回るようになり、探索は停止され、高原状態になることが説明できるのである。


《参考文献》

高橋伸夫 (2001)「学習曲線の基礎」『経済学論集』66(4), 2-23. 東京大学経済学会. ダウンロード


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