【解説として、第2版の邦訳の「訳者あとがき」から一部を抜粋する】
本書『オーガニゼーションズ』は、私の研究者人生を決めた本である。今読むと気恥ずかしいが、20年以上も前に書いた拙著『組織の中の決定理論』(朝倉書店, 1993)の「まえがき」冒頭部分を抜粋しておこう。
J. G. MarchとH. A. Simonの書いたOrganizationsという本がある。出版されたのは1958年、私の生まれた翌年である。近代組織論の金字塔的業績であり、いまや組織論の古典であるが、翻訳が出たのは原著出版後20年もたった1977年、私が大学の学部学生の頃であった。そのときは評判を聞いて一読してはみたものの、たいして印象も残らなかった。しかし、大学院に入り、多少なりとも勉強をしてから読み直してみて、そのバックグラウンドの広さにようやく気がついて唖然とした。統計的決定理論、ゲーム理論、経済学、心理学、行政学、社会学、そしてもちろん経営学の分野で、その後咲き乱れることになる大輪の花々の種子が組織論という鞘の中に埋め込まれている。そんな感じの本である。特に統計的決定理論との連続性には新鮮な驚きがあった。近代組織論は決定理論の理解なくしては語れない。この本との再会を果たして、私は自分の専門分野を決めた。そして、本来の守備範囲である経営学の分野で、近代組織論ではいわばかくし味的存在であった統計的決定理論を前面に打ち出した組織研究をするようになった私は、後になって、大学院時代に統計的決定理論のまともな授業、演習に参加する機会に恵まれたこと自体、とてつもなく幸運なことであったことを知らされた。こんな幸運にめぐり合うことができたという感謝の気持ちが、本書執筆の根底にある。私の感じた新鮮な驚きをどれだけ伝えることができるだろうか。統計的決定理論と近代組織論の連続性、さらにはコンティンジェンシー理論、組織活性化(組織開発)、ゴミ箱モデル、そして動機づけ理論への展開を一つの流れとしてはっきり見えるようにできるだろうか。とにかく、一見かなり距離のあるこれらの領域を決定理論を基軸に1冊の著書にまとめる作業に着手したわけである。
ありがたいことに、拙著『組織の中の決定理論』はいまだ絶版にならずに済んでいる。だが、そこで扱っているのは本書第6章の内容が中心であり、その他の部分はあまり取り上げることができなかった。それくらい『オーガニゼーションズ』はカバレッジの広い本なのである。ただし、上記の「まえがき」には、多少補足説明もしなくてはならない。そもそも『オーガニゼーションズ』の初版の翻訳を読もうとして、私を含めてどれだけの人――研究者および研究者の卵クラスの人も含めて――が、挫折感を味わってきたことか。「一読してはみたものの、たいして印象も残らなかった」などというのは、かなりの強がりであり、実のところ、ほとんど内容を理解できなかったのである。
私は大学卒業後、経営組織論の研究者を目指して、サイモンの『経営行動』の翻訳者として知られた故高柳暁先生を慕って1980年に筑波大学の大学院に進学した。ところが意に反して、大学院ではほとんど数学漬けの毎日。その中に当時の日本では珍しい統計的決定理論のセミナーがあった。主宰していたのは松原望先生で、指定された英語の分厚いテキストの難度は半端ではなく、レポーターに当たると、1ヵ月も前から準備を始めて、まずはすぐに担当箇所を日本語に全訳し、それからウンウンと唸りながら一生懸命考えて、関係する数学や統計学のテキストを読み漁り、なんとかセミナー当日に「ここまでは分かったのですが、ここから先の式の意味がさっぱり分かりません」と、教えを請えるようになれば(つまり、どこが分からないのかが分かれば)、とりあえずは及第点という有様だった。
そんな数学漬けの大学院生活の1年目があっという間に過ぎ、補講期間に入った途端、私は、気が抜けたのか、突如高熱を発して1週間寝込んでしまった。ようやく熱も下がり、学生寮の自室の書棚に目をやると、あの日以来放置され真新しいままの『オーガニゼーションズ』が目にとまった。暇つぶしにと、パラパラとページをめくり始めて、第6章「合理性の認知限界」にまで行ったとき、私はそこに書いてあることを理解できる自分に驚いた。実は、その章は統計的決定理論のアイディアがベースになっていたのである。最初に読んだときの挫折感があまりにも大きかった反動で、そのときは嬉しいを通り越して、運命の稲妻にでも打たれたような気分になった。その瞬間、私の進路が決まったのだ。それから12年、その成果が、上に挙げた拙著『組織の中の決定理論』だったのである。
そして、奇遇にも、拙著『組織の中の決定理論』出版と同年の1993年に『オーガニゼーションズ』の原典第2版が、出版社を変え、今度はペーパーバックで出版された。その翌年1994年に、私は初版の翻訳者である故土屋守章先生の定年退官に間に合うタイミングで、東京大学経済学部に助教授として着任した。土屋先生と同じ職場というのは、私にとってはまさに運命的出来事の延長線上だったのだが、まさか『オーガニゼーションズ』第2版の翻訳を私がすることになるとは夢にも思っていなかった。なぜなら、実は、第2版は「第2版への序文」が追加されただけで、本文は初版とほとんど変わっていなかったからである。私はすぐにでも土屋先生が序文の訳を足して第2版の翻訳を出すものだとばかり思っていた。しかし、結局、第2版の翻訳は出ずじまいで、初版の翻訳も絶版となり、土屋先生も東大を定年退官後、2010年に亡くなってしまった。
第2版の翻訳の話がダイヤモンド社から飛び込んできたのは2012年11月中旬、ちょうど、書いていた拙著『殻』(ミネルヴァ書房, 2013)を脱稿するところだった。編集の木山政行さんからは、色々とご配慮、ご提案をいただいたが、私にとっては、あまりにも思い入れの強い本だったので、荷が重すぎると、即座にお断りをしてしまった。しかし断ってしまったものの、ずっと思い悩んでいる風の私を見かねて、妻敦子が発した「これも運命、引き受けたら」の一言に背中を押されて、2013年に入ってから、私は『オーガニゼーションズ』第2版の翻訳作業に取りかかった。
当初は、土屋訳もあることだし、時間さえ投入すれば原典第2版出版からちょうど20年の2013年中には20周年記念出版ができるのではないかと虫のよいことを考えていた。ところが訳業が始まって、理解できない箇所や意味の分からない箇所について、そこで引用されている文献にまで遡って調べ始めるようになると、原典に明らかな間違いがあることが次々と判明する。
原典の参考文献リストには、膨大ともいえる900点近い論文、書籍、資料が挙げられているが、その書誌情報のいい加減さにも正直あきれた。実際に本文中で引用されているものはそのうちの26.1%にすぎないことも分かったが、引用されている文献は、すべて書誌情報をチェックして参考文献リストに加筆修正し、入手可能なものはすべて入手した。便利な時代になったもので、ほとんどの論文は電子ジャーナル化されていてダウンロードできたし、図書館にも入っていないような文献についても、ネットの古書市場で探し回るとたいていは現物が手に入った。入手した文献については、必要最小限の内容の確認もした。こうして見つかった引用内容の間違いに限らず、図と本文中の説明に齟齬があったり、挙げられている変数が間違っていたり……と、原典には、にわかには信じがたいくらいの量の間違いがあった。これで理解できていたら、逆に不思議である。
原典の初版と第2版の変更箇所は一字一句確認し、訳注にも示したが、本文については、基本的に変更はなかった。つまり、私が見つけたほとんどの間違いは、原典第2版出版時にも直されていなかったのである。要するに『オーガニゼーションズ』は出版後、半世紀以上にわたって、(残念ながら私も含めて)誰一人として、世界の組織論研究者で、まともに全体を読んで理解した人がいなかったということなのだろう。しかも、サイモンにとっても、あまり強調したい仕事ではなかったらしい。サイモンは後に400ページ近い大部の詳細な自伝 を出版しているが、その中で『オーガニゼーションズ』について書いているのは、せいぜい1ページ程度(pp.163-164 邦訳pp.242-243)にすぎず、他の業績と比べても扱いが小さいのである。
その前後を読むと当時の様子が伝わってくる。本書の二人の著者、サイモン(Herbert A. Simon; 1916-2001)とマーチ(James G. March; 1928-)、そして第三の共著者ともいえるゲッコウ(Harold Guetzkow; 1915-2008)は、それぞれ1949年、1953年、1950年にカーネギー工科大学(今のカーネギー・メロン大学)に着任する。三人で一緒に研究会をやるようになると、意思決定過程を問題解決過程と考えるようになっていったという。1978年にノーベル経済学賞を受賞するサイモンだが、その頃、1950年代半ばには、それまでの政治学(行政学)、経済学からコンピュータ科学、認知科学、人工知能へと研究テーマを大転換することになる。ゲッコウが本書完成前の1957年にカーネギー工科大学を離れてしまうので(マーチも『企業の行動理論』(1963)出版後の1964年には離れ、カーネギー工科大学も1965年にカーネギー・メロン大学に改称する)、サイモンとゲッコウは40歳前後、マーチは30歳手前の数年間のすれ違う時間の中で『オーガニゼーションズ』は生まれたのである。
たとえていうならば、統計的決定理論、ゲーム理論、経済学、心理学、政治学、行政学、社会学、そして経営学というそれまでバラバラだったタテ糸が、一瞬絡み合って「組織論」という結び目を作り、そしてまたほどけていく。その結び目が本書『オーガニゼーションズ』だったのである。それゆえ、その存在自体が文字通り「画期的」であり、今や経営組織論なら誰もが引用する金字塔的「古典」と位置づけられている。
本書成立の背景には、当時の社会科学全体を包んでいた時代の雰囲気のようなものも見て取れる。米国では、第一次世界大戦の頃から、自然科学を学問のモデルと見て、数量化、記号化といった方法を社会科学に導入しようとする動きがあったが、学際的研究の進展の中で、それがさらに促進され、客観的に観察、測定、分析することができる行動のレベルで人間を科学的に研究する学問として、行動科学が生まれた。心理学、社会学、人類学から生物科学にまでまたがって、行動の観点からこれらを統一する一般理論を追求する新しいタイプの科学が登場したのである(今でも心理学では「行動科学」という名前が生き残っている)。本書でしつこいほどに登場する「操作性」(測定可能性)に代表されるように、こうした指向性は無邪気にといってもいいほど本書で貫かれている。
さらに、第二次世界大戦後の1940年代以降、オペレーションズ・リサーチ、ゲーム理論、決定理論、コンピュータ、情報理論、サイバネティクスなどが爆発的な勢いで出現してくる。プログラム、伝達、制御、システム、フィードバック・ループ等々、本書に登場する数々の概念、用語が、実はこうした新興分野から積極的に摂取されたものなのである。その意味でも本書出現のタイミングは絶妙だった。それから半世紀以上経った今日でも、われわれは当時の知的基盤の上に、営々として何か新しいものを築こうとあがいているにすぎない。
さて、話を翻訳の話に戻そう。こうして始まった私の翻訳生活だが、翻訳している時間よりも調べ物をしている時間の方がはるかに長い、孤独でマニアックな翻訳作業は、意外にも楽しかった。実はかなり多忙な日々だったはずなのに、時間さえあれば調べ物をし、いつも頭の片隅で分かりやすい訳文に思案を巡らせ、いったん作業を始めると時が経つのも忘れるほどに翻訳に没頭した。いつしか、参考にさせていただいていたはずの土屋先生の訳文は、一文残らず新しい訳文に置き換わり、今やその痕跡は単語レベルで探して見つかる程度になってしまった。(中略) ようやく「明けない夜はない」と思えるようになったのは、桜も咲く頃、2013年度も終わり頃になってからだった。
この1年半の翻訳生活で、私は常に、強く思い入れのある『オーガニゼーションズ』に、「古典」として敬意を払って向き合ってきたつもりである。しかし翻訳作業が進むにつれて、おそらく世界最初の「組織論」の包括的・体系的テキストでもある本書を、テキストとしても読めるようにしたいという無謀な願望をもつようになった。むろん原典は相変わらず難解なままだし、翻訳ゆえの制約もある。しかし、訳文中に私が[ ]付で補った文言や、各ページの訳者脚注で基礎知識・周辺知識を補いながら読んでいただければ、大学の学部学生レベルの組織論のテキストとしても使える程度には、十分に分かりやすく、読みやすくなっているはずである。
少なくとも日本語を解する人々からは、もはや『オーガニゼーションズ』を難解な本などとは評されたくない。『オーガニゼーションズ』初版で挫折した人も、身構えずに、まずは一読あれ。私は、大学の学部ゼミで最初に読むべき「組織論」のテキストとして本書を推奨したい。今の「組織論」はすべてがここから始まっているのだから。
なお、この第2版の翻訳は、2014年度に東京大学経済学部の学部ゼミで取り上げ、要約を学生に作成してもらったので、内容について追いたい人は、それが参考になると思う。