Gupta, A. K., & Govindarajan, V. (2000). Knowledge flow within multinational corporations. Strategic Management Journal, 21(4), 473-496. ★★☆ 【2013年6月5日】

 多国籍企業 multinational corporations (MNCs)は、本国親会社(HQ)と現地子会社(subsidiary)のネットワークと考えられるが、この論文では、ネットワーク全体(systemic levelと呼んでいる)や2社一組(dyadic level)ではなく、現地子会社(nodal level)を対象にした調査・分析が行われる。調べたことはタイトル通り、多国籍企業内(intracorporate)の知識の流れ(knowledge flow)で、回収できた74の多国籍企業の374の現地子会社(回収率38%)の質問票調査の結果を分析している(多国籍企業の本国親会社の国籍別には米国117、日本112、欧州145)。

 他の現地子会社への知識流出(KO-S: knowledge outflow to peer subsidiaries)/からの知識流入(KI-S: knowledge iutflow to peer subsidiaries)、親会社への知識流出(KO-S: knowledge outflow to parent corporation)/からの知識流入(KI-S: knowledge inflow to parent corporation)の4変数を被説明変数として、重回帰分析をしている。被説明変数はいずれも7点尺度(7-point scale)で調べた質問項目の合成変数(クロンバックαを書いているし、算術平均らしい)。

 説明変数は、主に6命題(p.476)で挙げた5変数: P1送り手の知識蓄積価値、P2送り手の動機づけ傾向、P3=P4伝送チャネル、P5受け手の動機づけ傾向、P6受け手の吸収能力で、知識流出に関してはP1〜P3、知識流入に関してはP4〜P6を使っている。重回帰分析の結果がTables 2-5に示されているが、決定係数が一番高かったのは最後のTable 5のKI-Pの重回帰分析だった。

 もっとも、命題や仮説はどれも、どう読んでも本国親会社と現地子会社あるいは現地子会社同士のダイアドの関係についてのものである。「dyadではなくてnodal」だと言い張っているのは、データをダイアドで集めなかったせいらしいが、だとすると、そんなデータでこの論文のダイアドな命題や仮説を検証すること自体、疑問である。

 もう一つの疑問は、この論文が、宣言型ではなく手続型の知識の流れに焦点を当てている(p.474)と書いていることである。であれば、知識の流れはほとんど人材の流れと同じことになってしまう。事実、知識蓄積が複製できないもののときに知識流出が起こりやすい(p.475)という記述が典型的であるが、「知識の流れ」を「人材の流れ」と読み替えると、この論文に書いていることはすんなり頭に入ってくる(測定はそうはなっていないのかもしれないが)。実際、重回帰分析の結果(Tables 2-4)では、いずれも「日本ダミー」がすべて負になっているが、最後のTable 5 (KI-Pつまり親会社から海外子会社への知識流入)だけが有意ではなく、βも小さいので、これは一般に知られた事実、つまり日本企業では海外派遣社員が多く、米国企業(この分析でのベースライン)では極端に少ないという事実を反映しているのかもしれない。


【宣言型・手続き型については、次の論文p.59から抜粋しておく】

高橋伸夫 (1998)「組織ルーチンと組織内エコロジー」『組織科学』32(2), 54-77. 要約


 認知心理学の側からは、Singley & Anderson (1989)が取り上げられる。学習の移転(transfer of learning)は心理学では歴史のあるテーマで、初期には「ラテン語の学習は、学生のより明瞭な英語を書く能力、問題を論理的に考える能力を増進させるか」という問題に答えるために進展した。彼らは、実験的でコンピュータを使った手法により、一つのスキルを学習する際に獲得される構成要素が重なり合っているほど、そしてそれが新しい課題の遂行に必要とされているほど、学習の移転は大きくなることを示した。そこでの鍵となるアイデアは、「宣言的」記憶(declarative memory)と認知的・運動神経的な(cognitive and motor)「手続的」記憶(procedural memory)の区別である。コンピュータ・プログラムのアナロジーでいうと、手続的記憶はコンパイルされた機械語であり、迅速に実行することができるが、修理するのは難しく、特定のハードウェア環境に密接に結びついている。それに対して、宣言的記憶は高級言語で書かれたプログラムで、修理可能で、他の環境にも一般化可能であるが、一般的には非常に遅い翻訳過程によってのみ実行可能である。確立されたスキルによる遂行は手続的記憶として蓄積される。このため、健忘症の患者は、以前の似た出来事は思い出せないにもかかわらず、文脈の中での合図で、確立された反応をする。こうしたアイデアは、Stinchcombe (1990)の観察を補強する。例えば、スキルの性質の多くは、車の運転やタイピングのように、運動神経的・認知的スキルに見出すことができるし、宣言的記憶は手続的記憶に比べて速くだめになりやすい。

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