Eisenhardt, K. M., & Graebner, M. E. (2007). Theory building from cases: Opportunities and challenges. Academy of Management Journal, 50(1), 25-32.
★☆☆ 【2012年4月25日】

 ケース研究による理論構築(theory building)が増えてきて、影響力の大きな研究も多くなってきたが、皮肉なことに、同時に、ケース研究に対して異議(challenges)が唱えられることも多くなってきた。この論文では、ケース研究の研究者が直面するであろう、ケース研究に対する予想可能な五つの異議(challenges)がイタリックで疑問文(下記の@〜D)として示され、それに対して、それぞれを軽減するための対応策(key response)を伝授するという形で話が展開していく。

  1. これがどうして帰納的研究なのか?
    ⇒リサーチ・クエスチョンがどうして重要なのかを明らかにし、それに対する可能な答を与えるような既存理論がないことを明らかにしなさい。
  2. もしケースが代表的ではなかったら、どうやって理論を一般化できるのか?
    ⇒研究の目的は理論を発展させることであって、理論の検証ではないことを明言し、理論的サンプリング(theoretical sampling)が適当であると言いなさい。ここでいう理論的サンプリングとは、構成概念(constructs)間の関係やロジックを例示、適用するのに特にふさわしいケースを選ぶという意味。
  3. この理論は単に情報提供者の回顧的センスメーキングなのではないか?
    ⇒「回顧的センスメーキング」の意味はWeickのセンスメーキングを理解していないとピンと来ないと思うが、要するに、情報提供者はストーリーとして辻褄が合うように事実を編集して記憶しているので、インタビューの内容は当てにならないということ。なので、焦点となっている現象を見て良く知っている多様な視点の多くの情報提供者をインタビューしなさい。
  4. どこが豊かなストーリーなのか?
    ⇒はっきりした命題等で理論を展開し、それぞれを経験的証拠で裏付けなさい。表や付録を使った豊かな提示(rich presentation)もすること。
  5. どうしてこんな形式にしたのか?
    ⇒(仮説検証型の研究のような標準的な形式がなく、人によって好みがあるので、こんな疑問が出てくるわけだが、この論文の推奨する形式は) 最初に、イントロダクションで創発的な理論の概略を述べ(sketch)、それから論文本体で各命題を書き、各構成概念や命題として提示した構成概念間の関係について、各命題をその裏づけとなる経験的証拠に結び付けなさい。

 以上の五つの対応策は陳腐だが、この論文で、意外と新鮮で、まともな指摘は、論文の最後、「結論」の直前の段落(p.30)の記述だろう。単一ケース(single)の研究者から、複数ケース(multiple-case)で構築された理論が極度に倹約的でしみったれている(parsimonious)と批判されることに対する反論である。すなわち、単一ケースの研究者は、その特定のケースの多くの特異な詳細に正確に合わせて理論を作るために、より複雑な理論を作るが、それに対して、複数ケースだと、多くのあるいは全てのケースで再現性のある関係だけになるので、理論が単純になると指摘していることである。実は、この論文の最初のページ(p.25)で、ケース研究による理論構築の中心は再現性ロジック(replication logic)だとし、複数ケース(multiple case)を個別の実験のように考えていることがわかるが、その再現性のロジックの意味を簡潔に記述しているといえる。単一ケースの研究より、複数ケースの研究の方が理論構築のより強固な基礎(stronger base)になる(p.27)と書いているのは、そういう意味らしい。単純なモデルほど良いモデルだとするならば、複数ケースで再現性のあるシンプルなモデルをこそ構築すべきなのだ。なお、再現性ロジックについては、この論文ではEisenhardt (1989)やYinの Case study research のわざわざ1989年よりも後の第2版(1994)を引用しているが、そもそもEisenhardt (1989)はYin (1981)とYinの Case study research の初版(1984)を引用して、再現性ロジックは「複数ケース分析にとって本質的(essential)」だとしているので(Eisenhardt, 1989, p.534)、オリジナルはYinであり、Eisenhardt (1989)を強調するこの引用の仕方は謙虚さに欠ける気がする。

 ただし、通常の自然科学では、(1)ケースから仮説を構築し、(2)仮説は大規模サンプルで検証されて理論となる、という理解が一般的だろう。ところが、社会科学、特に経営学分野では、論者による自己正当化が行き過ぎたことで、方法論的な理解が論者によって歪められていて、もはや収拾がつかない事態になっている。そもそも、こんな自己擁護の方法論の論文をみんなが読むことで、ますます対立が深まるのであって、この論文は、ある意味、その対立の実態を浮き彫りにしているともいえる。少なくともこの論文では、(1)を理論構築(theory-building)、(2)を理論検証(theory-testing)と呼ぶことで仮説と理論をごちゃ混ぜにしている。

 この論文の主張とは関係ないが、もう一歩踏み込んで主張すれば、逆にワンパターンの仮説の定量的な検証しかしていない研究者たちが、自分たちこそが厳密で客観的なのだと、ケース研究による仮説構築を否定することも歪んでいる。多くの定量的研究では、ランダム・サンプリングもしていないのに統計的検定を行なっているし(ランダム・サンプリングしないと、そもそも確率が使えないというのは統計学の基本中の基本)、実験計画法的な配慮もなく、偏ったサンプルで無意味な線形モデルを当てはめている(本来の多元配置の分散分析はセル間のサンプルの分布に制約がある。今、巷で分散分析と呼ばれているものは、一般線形モデル(GLM)をご都合主義的に転用したもの)。定性的研究を厳密ではない、客観的ではないと頭ごなしに否定する定量的な研究者は、一体、どこからそんな自信が生まれてくるのか、私には不思議でならない。巷にこれだけ定量的な研究が溢れているというのに、仮説検証によって否定された理論の例は、Maslowの欲求段階説くらいしか私は知らない(それとて、いまだに信奉者がいる)。みんな「検証されなかった」というだけで、仮説/理論が間違っていたとは結論しないのだ。いくら仮説検証をしてもまったく進歩がない。そんなものは科学ではない。統計学でも、まともな探索的データ解析(EDA: exploratory data analysis)の分野では、定量的分析で外れ値を見つけたら、その外れ値を徹底的に調べ(つまりケース研究)、そこから新しいモデルや理論を導き出そうとする至極真っ当な分析が推奨されている。研究者は常に、理論を唱えたり、データを分析したりするときには謙虚であるべきであり、仮説を否定するようなデータが見つかったときには、たとえその仮説にどんなに愛着があろうとも、古い仮説や理論を捨て、新しい仮説や理論を追求するというのが科学者の姿勢、科学の進歩というものだろう。

 なお、AMJの編集者の「まえがき」(Rynes, 2007)によれば、前年2006年夏のアカデミー年次大会の際に、定性的研究のワークショップを開催したところ、会場の外にまで人が溢れるほどの盛況だったので、AMJでも、Weick (2007)、Siggelkow (2007)、そしてこのEisenhardt & Graebner (2007)の3本の論文(essay)を掲載することにしたということらしい。ただし、Eisenhardtのスケジュール上の都合で、この論文は、そのワークショップでは報告されていない(Rynes, 2007, footnote 1)。



《参考文献》

Yin, R. K. (1981). The case study crisis: Some answers. Administrative Science Quarterly, 26(1), 58-65. ★☆☆

Eisenhardt, K. M. (1989). Building theories from case-study research. Academy of Management Review, 14(4), 532-550.

Rynes, S. L. (2007). Academy of Management Journal editors' forum on rich research: Editor's foreward. Academy of Management Journal, 50(1), 13.

Weick, K. E. (2007). The generative properties of richness. Academy of Management Journal, 50(1), 14-19.

Siggelkow, N. (2007). Persuasion with case studies. Academy of Management Journal, 50(1), 20-24.


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