DiMaggio, P. J., & Powell, W. W. (1983). The iron cage revisited: Institutional isomorphism and collective rationality in organizational fields. American Sociological Review, 48(2), 147-160. ★★★ 【2017年7月5日】

 研究者向けの解説は安田, 高橋(2007)を読んでもらうこととして、ここでは、より一般向けの分かりやすい解説として高橋(2010)の第5章の一部を抜粋しておこう。

 組織論の多くの研究では、多様な組織が存在していることが研究の出発点、前提となってきた。ところが実際には、意外なほど組織は同質的である。そこで、ディマージオ=パウエルは 、むしろ「なぜ組織の形態や行動はこれほど同質的なのか?」という問いを掲げたのである。そう、日本に限らず、組織の形態や行動は同質的なのだ。もちろん程度の差はあるだろうが……。

 まず、ディマージオ=パウエルは、組織の同質化が起こる領域として「組織フィールド」(organizational field)を考えた。ここで組織フィールドとは、あらゆる行為者間の相互作用を通じて構造化される「全体として制度的営み(institutional life)の認識された一領域を構成するような諸組織」と定義されている 。???だと思うので、具体的に挙げた方が分かりやすいだろう。たとえば、類似のサービスや生産物を供給する諸組織、サプライヤー、生産物の消費者、規制当局、認定団体などあらゆる利害関係者が含まれるフィールドである。そして、同じ組織フィールド内で組織が同質化することを「同型化(isomorphism)」と呼んだのだ。 ここで、「環境」と一括りにせずに、「組織フィールド」と呼ぶのは、この概念を使うことで、組織フィールド内で直接結合している者たちのみならず、代替可能な位置を占める構造的に同値な者たちも識別することができるからである。直接結合とか構造同値とかは社会ネットワーク分析で使われる概念なので、ここではこれ以上立ち入らないが、要するに、同じ組織フィールド内では、組織は互いに関係性があるので、その組織間の関係性に同質化の原因を求めようとしたのである。 こうして考えられたのが、同型化のメカニズムとしての同型的組織変化の源泉(source of isomorphic organizational change)である。これらは表1のように整理されている 。

 まず重要なことは、同型化は大きく次の二つのカテゴリーに大別されるということである。

  1. 環境との機能的適合に対応した「競争的同型化」(competitive isomorphism)
  2. 文化・社会的適合に対応した「制度的同型化」(institutional isomorphism)
この二つのカテゴリーの違いは重要である。1の競争的同型化とは、簡単に言ってしまえば、生存競争をして適者生存で生き残ったものは似てくるということである。もう少し格好をつけていうと、環境の淘汰圧力によって進む同型化のことである。生物学同様に、社会学でも、個体群生態学と呼ばれる分野があり、そこでは、生存競争により、環境に適合した組織形態を持つ個体(=組織のこと)が生き残り、それ以外の個体は淘汰されると考えられている。このようなメカニズムで淘汰されると、環境の機能的特性に適合した結果として、結局、似通った組織形態を持つ個体の割合が増えていく。このタイプの同型化が、競争的同型化である。したがって、競争的同型化が進んだ場合、暗黙のうちに、適者生存、すなわち、環境に適応していたからこそ生き残ったのであり、優れていたから生き残ったのだとみなすことが多いのである。そのため、同型化が進むと、ついついパフォーマンスに優れた形態や行動に同型化したのだと、みんな考えがちなのだが、実は、すべての同型化が競争的同型化というわけではない。ここがツボなのである。

 たとえば、関西出身の人が東京の大学に進学すると、最初はコテコテバリバリの関西弁でしゃべっていたのに、しばらくすると、標準語で話をするようになったりすることがある。実際、アルバイト先の飲食店が、関西弁禁止で、お店では標準語を強制されてしまったり、あるいは、大学でカッコよくてモテモテの男の子が、お洒落なカフェで、標準語で女の子と会話を楽しんでいるのを見たりすると、ついつい自分も憧れて、それを模倣したくなってしまったり等々。その理由はさまざまなのだろうが、少なくとも、この手の同型化が進んだからといって、関西弁よりも標準語の方が優れている、という結論にはならないだろう。もし仮に、関西弁を話すアルバイト店員が入ったら、その飲食店の売上が落ちた……とか、あるいは標準語に変えた途端に彼女ができて、彼女の前で安心して関西弁で話しだした途端に「別れましょう」と言われてしまった……とかいうような悲しい現実があるのであれば、それは競争的同型化になりうる可能性があるが、少なくとも、私の周りの関西出身の学生からは、そんな悲しい話は聞いたことがない。ほとんどの場合は、制度的同型化はパフォーマンスには関係がないのだ。実際、テニス・サークルで、テニスがうまい先輩に憧れて、あやかりたいとばかりにテニス・ラケットからテニス・ウェアまで全部先輩と同じメーカーのものに揃えてはみたけれど、腕前の方はさっぱり上達せず……というような経験をした人の方がはるかに多いのではないだろうか。

 組織レベルでのこういうタイプの同型化をディマージオ=パウエルは制度的同型化と呼んだのである。彼らによれば、制度的同型化では、正統性を示した組織が選択され、さらに次の3つのタイプに分けられる。

  1. 強制的同型化(coercive isomorphism)
  2. 模倣的同型化(mimetic isomorphism)
  3. 規範的同型化(normative isomorphism)
実際、日本では、米国からの影響で制度的同型化を促す力が働きやすい。そこで、三つのタイプ別に、米国の影響による制度的同型化の例を挙げて考えてみよう。・・・この続きは高橋(2010)で。


 ところで、この論文のタイトル「鉄の檻再訪(“The iron cage revisited”)」は、あの有名なマックス・ウェーバー(Max Weber; 1864-1920)の『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』(Weber, 1920)に由来している。論文自体も、同書の最後の部分の紹介から始まっている。ところが、意外かもしれないが、「鉄の檻」などという用語は、ウェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』の原典には存在しなかったのである。原典にはなかった「鉄の檻」つまり英訳語 "iron cage" は、1930年のパーソンズ(Talcott Parsons; 1902-1979)による英訳(Parsons訳, Weber, 1920/1930) The Protestant Ethic and the Spirit of Capitalism.での英訳語 “iron cage” に由来するもので、実は、パーソンズの誤訳だったといわれている。ウェーバーが使っていたドイツ語の原語はゲホイゼであり、辞書を見ても「檻」などという意味はなく、「カタツムリの殻」の意味であり、いまや「殻」と訳されるようになっている。このあたりの事情は高橋(2011)に詳しい。実は、その「殻」概念は経営学的にも重要な意味があるので、続きは高橋(2013)で。高橋(2017)でも簡単に触れている。


《参考文献》

高橋伸夫(2010)『ダメになる会社: 企業はなぜ転落するのか?』筑摩書房. 電子書籍版

高橋伸夫(2011)「殻: (1)“鉄の檻再訪”再訪」『赤門マネジメント・レビュー』 10(4), 245-270. PDF

高橋伸夫(2013)『殻: 脱じり貧の経営』ミネルヴァ書房.

高橋伸夫(2017)「羅針盤 組織の盛と衰の間に」『ほくとう総研情報誌 NETT』No.96, 2017年春号, p.1. ダウンロード

【解説】安田雪・高橋伸夫 (2007)「同型化メカニズムと正統性―経営学輪講 DiMaggio and Powell (1983)」『赤門マネジメント・レビュー』6(9), 425-432. PDF


Readings BizSciNet

Copyright (C) 2017 Nobuo Takahashi. All rights reserved.